いつか母上がおっしゃっていた。わたしには許嫁がいるのだと。親同士が決めた事だけれど、わたしには受け入れがたい事実として頭の中に刻まれた。
 今日はその許嫁の方とご対面。きれいな着物を着て、母上と父上と一緒に許嫁の方の家にきていた。母上と父上は嬉しそうに微笑んでいた。だけど、わたしは心中穏やかではない。一度も会ったことのない男性と会うのに、それも許嫁。その人がもしも、素敵な人ではなかったら?わたしとはやっていけそうにもなかったら?答えはでない。
 先に現れた向こう方の両親は優しそうで、わたしの両親とおしゃべりをしている。時々投げかけられる質問に一言答えるだけで、なんだかわたし一人置いてきぼりだ。
 許嫁の方は、朝廷で働いているから少し遅れるんじゃないかと隣で両家が話している。
「すみません遅れました」
「!」
 意外にも若めな声と共に入ってきたのは細身の男性。やや中性的な顔立ちではあるが、どっからどうみても男性。
 嗚呼この人が許嫁の方だと気づくにはさほど時間はかからなかった。
 これといった説明もなく母上たちは部屋を出て行ってしまった。取り残されたわたしたちには気まずさだけが残った。
「「…………」」
 そうだ、名前すら聞いてない。
「あの、わたし名字名前といいます!」
 こ、声が裏がえった! だけど、彼はああそうですよね、名前言ってないですよねと一人納得していた。
「僕は小野妹子といいます」
「い、妹子さんですね」
「よろしくお願いしますね名前さん」
 にっこりと妹子さんに言われ、わたしもつられてお願いしますと言った。
 妹子さんは不意に立ち上がって、散歩しませんか?と提案してきた。手を差し出されてわたしは自分の手を妹子さんに重ねて歩き出した。
 妹子さんは優しい人で、初対面なのに話しやすい。この人となら一緒になってもいいと、会ってそれほど経っていないのにそう思えた。
「僕のお気に入りの場所です」
 案内されたのはすごくきれいな花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れて、カラフルな絨毯を作り上げている。
「僕の許嫁が名前さんで良かった」
「あの、それって……」
「わかりませんか?」
「わ、わかります」
 わたしの反応が面白いのか、妹子さんが喉の奥をくつくつと鳴らして笑っている。
「期待してますよお嫁さん」
「!!」
 この時、わたしは妹子さんには適わないと思った。

2011/05/07