大丈夫だよ鬼男くん。あの子ならここに戻ってくるから。そう言った大王の表情はひどく歪んで見えたのは、はたして自分だけなのか。あの表情は、いつもよりも一層“冥府の王”を思わせるカオだった。背筋に悪寒が走る。嫌だな。地味にそれしか思えなかった。周りは騒々しいのに、やけに大王と自分の空間だけが静かに感じた。

***

逃げ出した少女は、先程こちらへ来たばかりだった。来たばかりということは三途の川を渡ってそれほど時間がたっていないということにもなる。もしも、下界へ降りてしまったら、少女は中々戻ってきにくいかもしれないが、大王がここに戻ってくると断言するものだから、俺は下手に動き出すことが出来ずにいた。
でも、よくよく考えてみたらちゃんちゃら可笑しいじゃないか。なんで大王がそんなことを予測することができるのだ。どう考えても可笑しい。

「大王、ひとつお聞きしたいことがあります」
「ほぉにほぉふぅん、ほぉーほぃたほぉ?(鬼男くん、どうしたの?)」

大王はお菓子をむしゃむしゃと頬張りながら、顔をこちらに向けた。間抜け面だった。

「なんで大王が、少女がここに戻ってくると断言できるんですか」
「……鬼男くん、俺が誰だか分かってて聞いてる台詞?」

お菓子を飲み込んでから吐いた台詞は急に声音が低くなって驚いた。さっきまでの明るさはどこへいってしまったというのだ。

「俺、一応ここの王だし神さまだからさ、この空間を自由自在に扱えるんだよ」

つまり、あの子がここへくるように誘導するのも可能ってわけ。大王は俺に人差し指をぴしっと向けながら、言い放った。嫌だなと感じた何かはこれだったわけか。少しだけ、胸のしこりのような違和感が拭われた。
それと同時にぐにゃりと大王が歪んだ存在に見えてしまった。まるでここは、閻魔大王の玩具箱になってしまったかのよう。そして自分自身も、その玩具箱のうちのひとつにしかすぎないのだと分かったら、怖くなった。

「鬼男くん、あの子そろそろくるよ。楽しみだねぇ」

本当にいつも通りに笑う大王はどうしたものか。頭やら何やらのネジが飛びまくったのだろうか。そうだとしたら大変だ。

「きゃあっ!」

べたんと転けて、どこからともなく現れたのは、少女。俺たちが探し求めていたあの少女。
きっと来た時は身なりも整っていて、綺麗だっただろうに。今の姿は、ワンピースの裾は切れて、元の長さより短いし足元は土で汚れている。
一体彼女はどのくらい走ったのだろう。

「めんそーれ!名前ちゃんっ!」

こんなにもぼろぼろにしてまでにこやかに歓迎する大王は、何を企んでいるのだ。少女は転んだ体を起こして、大王を射抜くかのように鋭く睨んでいる。明確に現れた少女の心の内。
依然と大王はにこやかだ。少女が睨む理由は、考えなくとも分かるが、大王がこの空間を操ってまで少女をここにおびき寄せる理由がわからなかった。

「さてさて、名前ちゃんの生前の行いを審理しようか」

じゃないと名前ちゃんがここに来た理由が無くなっちゃうものね。狂気を孕んだような声音の大王はひどく気味悪く見えた。


20101015