この世の中で一番美しいものって“生”だとおもうんだよ。
何の変哲もない、いつもの休憩時間に大王さまは何気なく言った。私も鬼男くんも人間から鬼になって大分経つ。昔の記憶なんてほとんど覚えてなんかいない。まあ、考えてみれば、人間だったんだから“生きていた”んだよね。大王さまはお茶を呑気にすすっていて、何だかなあと思う。
現世に生まれ落ちた瞬間、そこから“生”というものが発生する。母体の中で成長していき、やがては外へと産声をあげて人は誕生する。誕生した人は人生を謳歌するわけだが、大王さまはどこの部分を“生”と認識するのだろうか。随分と前のことすぎて、私にはどこが“生”というのかわからなくなってしまった。
他の生き物たちに比べ、鬼は転生までが長い。大きな業を背負っているから次までが長いんだって。初めて大王さまに会ったころ、そう言っていた。
私は転生していった鬼を何回も見たことがあったけれど、人間が転生していくそれと違うのを知っている。鬼は結局転生しても業を背負うのだ。前世の記憶があったり、霊能力があったりと他にはない力を持って生まれるのだ。そうしてまた、冥界に戻ってきて冥官として働くのだ。なかなか、輪廻の輪には戻れない。それほどに業は重くのしかかっている。幸せな人生を歩めるかどうかなんてわからない。仕方ないといえばそれまでである。
そんなことを知っているせいか、私は転生するのがとても恐ろしかった。大王さまは素敵なことだと言っていたがどうしてもそうは思えなかった。私がここにいすぎて、間隔がよく分からなくなっているからかもしれない。どういうわけか、私はかなり長くここに勤めているのだが、変化に乏しい冥界では気にはならない。例え、私より若い鬼が転生していったとしてもだ。
「なにしてんだよ」
「あ、鬼男……」
「ぷっ、変なカオ」
「ヒドい!」
鬼男が大量の紙束を抱えながら私の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。髪がぐしゃぐしゃになってしまった。あ、私より長くここに彼はいるんだよなあ。大王さまのお気に入りだから、まだ転生出来なさそう。そういうことに大王さまが関わっていそうだ。
「またな」
「……うん」
鬼男とはここで別れた。きっと彼は知らない。私が今日でここを去るのを――彼が知るときにわたしはもうここにいない。
「やあ名前ちゃん」
「大王さま」
何で私と大王さまの2人きりで最後を迎えなければいけなかったんだろう。望んだのは互いにだった。きっと鬼男は優しいからいても私を引き止めないんだ。それで後になって後悔する。そんな姿が私たちは想像出来たから呼ばないんだ。
深呼吸一つして覚悟する。
「またね名前ちゃん」
「はい大王さま」
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とくん、とくん、
命は母の腹に宿り、新たな人生を歩み始める。
「あなた、今動いたわ」
企画サイト「花瞼」さまに提出