水が勢いよく跳ねた。ぴしゃりぱしゃり。それはさながら、賞賛を称える拍手のようだ。ジャンプして水の中へ戻る。
 水は少し温かい。そう、ぬるくて温水と呼ばれる部類だ。
 しばらく鳴りやまかなった音が止んで物体が浮上した。
「あれ、また来たんだ」
 水中から浮上してにっと笑った彼女は、いわゆる幼なじみというやつだった。長い髪の毛は水の中では魚の尾鰭のようにふわりふわりと動いていた。
 ざばんと音を立てて彼女は水中から地上へ戻る。
「毎日飽きないの?」
「飽きたらきません」
「それもそうだね。私は嬉しいな」
 僕から受け取ったタオルで髪の毛や素肌を拭いていく。拭いきれなかった水分は小さな小さな雫となって小さな水たまりにぴちゃんと落ちる。
 彼女の歩調に合わせて僕も歩く。この静かな空間が心地いい。街中の雑踏よりもはるかにこの空間の雰囲気が気に入っている。それが飽きもせずにここに通っている理由かもしれない。
「すぐ行くから待ってて」
 それがいつもの合図。彼女と別れて僕は外に出る。15分もすれば、さっきまでプールの水の中で魚のように泳いでいた彼女とは到底違うような姿になって僕のもとへ戻ってくる。この待ち時間でさえ僕にはもどかしい。外では冷たい風が身を切るような鋭さで吹いている。彼女はこの風で体調を崩してはしまわないだろうか。少し心配ではあるが、本人には絶対に言わないでおこう。
「お待たせ曽良くん」
「帰りますよ」
「もう! 置いてかないでよ!」
「貴女がとろとろ歩いてるからです。早くしなさい」
 でも彼女はにこにこしながら僕の隣を歩く。今日はこんなことがあった、どうだったと話す彼女を横目に僕は何となく聞き止める。
「曽良くん聞いてる?」
「すみませんもう一度言ってください」
「もう……。曽良くんは好きな子いないの?告白断ってるみたいだけどさ」
「そうですね」
 好きな子? いたら名前はどうするのだろうか。
「黙ってちゃわかんないよ」
「そんなことわざわざ人に言うことじゃないでしょう」
「そう、だね」
 いつの間にか名前との距離があいていた。さっきまでは確かに隣にいたのに。確かにほんの少しの優しさと温かみを感じていた。
「私は、ちゃんと曽良くんのことわかりたいよ?もっともっと色んな曽良くん知りたいなあって思うよ。それは、私だけ?」
 名前は少し困ったような、それでも真剣な表情だった。何が言いたいかはわかってしまったがそれは僕から言ってしまおう。

2012/12/08