冬休みに入ってから、練習ばかりなはずの影山君から連絡がきたのは、大晦日の前日、十二月三十日のことだった。メールの文面は非常にそっけないもので、「元日空いているか」とたったの一文。
付き合い始めてから、影山君は意外と優しい部分が多いことに気がついたが、こんな連絡をしてくるようなタイプではない。ましてや、影山君からお誘いの連絡が来るなんて天変地異の前触れではないだろうか。もしくは先輩か同級生からの入れ知恵か。そんなことを考えてしまうくらい、影山君は彼女との過ごし方について疎いのだ。彼女として彼氏の評価がひどいのは重々承知しているが、それくらい彼はバレーに夢中で、私も惚れた弱みで彼の意思を尊重していた。
そういうことも重なって、私は彼からのお誘いに二つ返事で了承したのだった。
私の家と影山君の家は反対方向なので、十時に神社近くのコンビニに集合した。
「「あけましておめでとう」」
声は同時だった。今日一番最初に会って言う言葉なんてこの一言しかない。
「去年は受験のことで頭がいっぱいだったから、お願いも合格祈願しなかったけど、今年は存分にお願いできるよ」
「そんなに願うことあるか?」
「ここぞって言う時は神頼みするもん。叶うかどうかじゃなくて、お守りみたいな感じでさ」
神社の朱塗りの鳥居をくぐると賽銭箱までの列がずらりと並んでいる。進んでいくと、祈祷をしてる中が見えるくらいまでに近づいていく。鈴と賽銭箱の近くまでに来てから、後ろのほうから「影山か?」と男の人の声がした。影山君と二人で後ろを振り返れば、男の子が三人に女の人が一人。バレー部の三年生だ。声を掛けたのは一番背の高い人だ。
「うす」
「おお。……邪魔したな」
「いえ、あー」
「影山っぽいなーって話してたら、マジで影山だったな」
にこりと笑う先輩に影山君はばつが悪そうに答えていて、でも隣の影山君の顔を見てたら照れ隠しだと気づいた。
「じゃあ、また学校でな」
軽く会釈をして、順番が巡ってきたのでお賽銭箱に五円玉を放り込んだ。からからと落ちた音は喧噪にかき消され、二拍手をしてお願いごとをする。
何をお願いするって決めてなかったけど、やっぱり、春高祈願していたほうがいいよなって、自分のことはそっちのけだった。
「お前長かったな」
「影山君が早いんだよ」
賑わう神社の境内を歩きながら、ぽつりぽつり会話をしていくと、おみくじの箱に目がいく。
「ね、おみくじ引かない?」
おみくじ自体にあまり興味のない影山君の手を引いて箱の前まで行く。
何がでるかね?なんて話ながら二人でそれぞれおみくじの入った箱に手を入れる。せーので開いてみれば、小吉と中吉という微妙な結果だった。
「これっていいのか?」
「まあまあかな?」
怪訝そうな影山君に私も曖昧な知識で答えると、ふーんという返事が返ってくる。どうせ、結果はそこまで気にしていない。木にくくりつけることにしたら、影山君は私のおみくじを受け取って、高い位置にくくりつけてくれた。
「高いほうがいいって前に聞いた」
「そうかも」
私よりも幾分か背の高い影山君は、一番高い場所に難なくくくりつけてくれた。思いの外器用に結ばれた紙のおみくじは見上げるほどの高さだ。
「帰るか?」
「うん」
名残惜しいような気持ちになりつつ、境内を後にしようとしたところで、賑やかな一行に捕まってしまう。
「あー! 影山に名前だ!」
「げっ、日向」
「うわっ、王様……」
「影山君に名前ちゃん、あけましておめでとう」
「影山!?」
烏野バレー部一年生大集合だ。
影山君の顔がみるみるうちに怖くなっていく。谷地さんと目が合って、お互いに思わず苦笑した。
「影山君達はもうお参りしてきたの?」
「ああ。さっき。大地さん達に会った」
「おみくじも引いてきよ」
谷地さんとそのままガールズトークになりそうになったところで、影山君に肩をぽんとつつかれる。どうやら影山君は日向君と月島君にそうとうからかわれたらしい。
「ん?」
「行くぞ」
「はいはい。じゃあ、谷地さんまた学校でね!」
「ばいばい」
日向君の賑やかな声が後ろで聞こえたけれど、影山君は完全に無視していた。
バレー部一年生がみんなで、影山君の様子に意外だと思われていたと知ったのは、冬休み明けのことだった。
神社をあとにしてから、どうする?なんて聞きもせずにただ真っ直ぐに住宅街を歩いていく。理由な特になかったけれど、お互いにそういう気分だった。
「神社人多いし、みんないてびっくりしたね」
「日向がすげえうるさかった」
「日向君だからね。ていうかさっき何言われてたの?」
「……ぜってえ言わねえ」
影山君はそっぽ向いて言う。一体なにを言われたのかますます気になってしまうのだが、これを追求すると余計に話してくれないのは分かっているのでやめておく。
どうせ、そのうち月島君と選択科目の時に言われるだろう。前にもこういうことがあったので予想がつく。
「……コンビニ寄るか?」
影山君がそう言うので、大人しくついて行く。真冬にただ歩き続けるのには限界がある。
コンビニの自動ドアを通ると機械的な音が鳴って、暖かい空間に入ってことにより、随分と寒かったのだなと実感した。
「影山君何か買いたいのあったの?」
「腹減ったから……」
「たまには肉まん食べたい! あ、影山君はどの中華まんが好き?」
「普通に肉まんかな」
レジ前に立ってどれにしようか決めあぐねていると、店員さんが「レジ空いてますよ」と誘導してくる。
「肉まんとピザまんください」
こういう時の影山君は意外と決めるのが早い。さっさと選んで会計を済ませてしまう。意識はしていないのだろうけど、影山君は彼氏らしい姿をしていると思うのだ。その姿に、私は困ったような顔をついしてしまう。本当は嬉しく仕方ないのに、告白をされる前から彼の意識していない優しさや気遣いには弱いのだ。
外に出て、二つ購入した中華まんは肉まんを先に食べることにした。影山君は当たり前のように真っ二つに手で分けてくれる。
「ん、半分にできたぞ」
「ありがとう」
影山君から手渡されたのを受け取る。
「おっ影山か」
「……岩泉さん、ちわっす」
「そっちは……」
隣にいる私に気がついた岩泉さんとやらは、あーと言いながら事情を察したようだった。
校内で見かけたこともないが、影山君の知り合いらしい。
「影山君こちらは」
「中学ん時の先輩。青城の人」
「そうなんだ。こんにちは」
岩泉さんと二、三会話をしていると今度は不機嫌そうな声が割って入ってきた。
「岩ちゃん、何して……ってトビオ!? ていうか、えっ、何女の子連れ? 生意気じゃないの」
不機嫌そうな割に興味津々なイケメンがやってくる。なんだ、この人。
「……及川、さん」
「ほら、及川来たなら行くぞ。じゃあな影山」
「あ、はい」
影山君も私も呆然と二人がコンビニの駐車場から出て行く姿を呆然と眺めていた。
「なんか、今日は知り合いに会う率が高いね?」
「そうだな」
「さっきの人も青城の人?」
「ああ、俺が越えたい人」
「へ?」
いい顔して言った影山君は、今日一番のいい顔をしていた。
きっと、今年もバレーボールばっかりの一年になるのだろう。
「ねえ、影山君」
「なんだ」
「今年もよろしくね」
「ああ、俺もよろしく」
肉まんを頬張りながら言うのはちょっと不格好だけれど、私達はこれくらいでいいと思うのだった。
2018/01/02