夏の体育館の蒸し暑さは尋常ではない。一定間隔に必ず水分補給の休憩がとられ熱中症など防ぐのに必死だ。
 私もマネージャーとしてドリンクを作って不足がないように注意している。定期的にドリンクのジャグを確認していて、お昼前にもう一回休憩を取るという溝口コーチの話を聞いて再度確認にきていた。ジャグの上部にあるフタを開けて中をのぞき込むと、半分以下になっている。既に2回は継ぎ足していたが、自分が思っているよりペースが早い。備品に粉があったが、果たしてこの合宿の間は間に合うのだろうか。
ジャグを抱えながら先日数を確認したものを頭に思い浮かべる。
 この合宿の間に、きっと保護者の方からの差し入れもあるから買いに行ってもそんなに多くなくてもいいだろう。ただし、どのタイミングで買い出しにいこうかと考えていると溝口コーチに声をかけられる。
「お前も休憩とれよー」
「これやったらとります」
「とってなかったら岩泉召喚するかんな」
「……げっ」
 岩泉がきたらそれこそ無理矢理引っ張られて水分取らされるし、持っているものもかっさらわれるうえに下級生に仕事を振り分けてしまう。大体選手が休暇の時は私もそこそこ仕事があるのだから同じタイミングで休暇というのは難しいのだ。茹だるような暑さの体育館を抜けて出入り口付近においたクーラーボックスを開ける。日陰に置いているせいか、意外と中に入っている氷は溶けていない。ざばばとジャグの中に氷を入れて水道へ向かう。第三体育館と水道は少し離れているのでこの時期の往復は正直辛い。マネージャーは選手たち同様に体力の必要がある。
 急激に体を冷やすのはよくないけれど、ある程度氷を入れておかないとあの湿度の高さと熱気の籠った体育館ではあっという間にぬるくなってしまう。
「……眩しいなあ」
 水を入れながら真上を見上げれば一番高いところを目指して昇る太陽がぎらぎらとしている。こんだけ照りつけているのだから暑いに決まっている。少しでも風が欲しいと襟首のところをぱたつかせた。ほんとに少しだけど涼しい気がする。いっぱいになったジャグに粉を追加すれば、お昼前ラストの休暇には足りる分量にはなった。よいしょ、と誰も聞いてないことをよそに気合をいれて体育館へ戻る。立ち止まるより動いている方が暑くないのは気のせいじゃないだろう。
 練習しているコートの邪魔にならないように端っこを通ってコートとコートの間にひとつ。ステージにもう一つを置いて、脱ぎ捨てられてくしゃくしゃのビブスを拾い上げる。それを丁寧にみ畳みなおす。落ち着けば今度はスコアの記入。スコアボードの方に近寄ったら、近くで見ていたコーチがおっかない顔をして怒鳴る。
「お前休憩いけ」
「……はい」
 さすがに、これ以上心配されるのも怒られるのも嫌だ。ペットボトルを持って体育館を出る。階段を降りると、少し風が凪いで落ち着ける。
 体育館ではホイッスルの音が鳴り響いて、さらに選手達の声が反響していた。
 少し水分補給をして中に戻る。
 最後の休憩が終わって、午前中最後のミニゲームが開始。
 お昼をとるのに食堂に行けば、三年レギュラー陣がそろっていた。
 みんなのいるところに同じように座る。
「おつかれー」
「おつかれ、ちゃんと飯食えよ」
「岩泉お母さんみたい」
 岩泉に言われるが、夏バテしやすい時期に食べるのはけっこう大変だ。いつもならこっそり残したりするけど彼はよおく見ているので食べれるとこまではちゃんと食べる。
「岩ちゃん練習いこ!」
「んじゃ、俺ら先行くわ」
「あとから俺らも行く」
「待ってるー」
 レギュラー陣はそれぞれに動き出すなか私は昼食を咀嚼する。だんだんと部員も少なくなって、私一人になる。
 食堂にいたお母さん方に、差し入れを渡された。氷とアイスだったので、食堂の冷凍庫に入れさせてもらう。
 ようやく体育館に向かうと外で騒いでいる部員に出くわした。
 水道に繋いだホースから水が流れ出ている。それが弧を描いて部員がふざけあっていながら水浴びをしていた。
「濡れたまま入らないでねー!!」
「はいっ!」
 元気な後輩に声を掛けて抜けようとしたところで、ばしゃり。
「え」
「あっ!?」
 見事にずぶ濡れになる私。体育館の入口で見事に三年レギュラー陣と視線が会う。タオルどこだったかと確認する前に頭にジャージが飛んできた。
 ジャージをひっペ返して顔を上げれば、眉間にシワを寄せおっかないかおをした岩泉が目の前にいた。及川にキレてる時より、怖い。
「着ろ」
「あ、はい」
「チャックも全部締めろよ」
「……え、暑いじゃん」
「お前、その格好で言うか普通」
 呆れた岩泉に言われて自分の姿を確認して恥ずかしくなる。そうだ、今日は白のTシャツだった。彼の顔を見れば、視線を逸らしている。慌ててジャージを羽織ってチャックを上に。
「部室いくぞ」
「はい!?」
 及川ーちょっと抜ける、行ってらっしゃーいと二人が会話して、そのまま手を握られて連行される。
 部室に行くまでの間、岩泉はやたらに不機嫌で会話はない。半歩先に行く彼を見上げても彼は前を向いていた。
 カンカンと規則的に音を立てながら部室棟の階段を上がって部室へ入る。
「Tシャツの予備あっから、嫌だろうけど」
 手渡されるバレー部のTシャツ。お前予備とか持ってきてないだろ、と図星をさされたので大人しく受け取る。
 俺部室の前にいるから、と言われて出ていく。彼なりの気遣いだというのはわかるけど、これ着る意味わかってるのかな。ていうか私、岩泉以外から渡されても多分着ないと思う。それに男の子のTシャツとかサイズ合わないよ。
 悶々としながら袖を通して、外に出る。
「……Tシャツ、ありがと」
「気にすんなよ……つうかあいつら説教だ」
 悪気が無いのは分かってるけど、これからこってりとお説教される後輩が目に浮かぶ。体育館に戻りながら手は繋いだまま放されなくて、入口にきてほどけた。
「……なんか、その姿見てるの恥ずかしいな」
「じ、自分で渡したくせに!」
「ああそうだけど、いや、他の奴に見られたくねえなあって思ってよ」
「っ!?」
 さっさと体育館に入った岩泉に対して、私は入れなくなってしまった。
 顔が暑いのは夏のせいだけじゃない。