前日から気合いを入れて作ったお菓子は、レギュラー陣から言われるだろう言葉を想定しての準備だった。
 ついでに後輩の分も作成していたら、バレンタインデー波に気合いの入った量になってしまったのは仕方無いことだと思う。なんたって、相手はスポーツをしている腹ぺこの男子高校生だ。彼らがよくお腹を空かしていることを私は知っている。いつものカバンの他にお菓子がぎっしりと詰まった袋を持って家をでた。ぎっしりと詰まった袋はたくさんの宝石を詰め合わせたみたいに、きらきらとしたものになる。最寄駅からの通学路で一番に出くわしたのは花巻だった。
「おっはよー」
「名字おはよ」
 ニヤニヤしながら案の定彼は言う。Trick or Treatと。私は待ってましたと言わんばかりにお菓子の詰まった袋からお菓子を取り出して彼に渡す。花巻がつまんなそうに持ってたかと言いながらがっくりと肩を落とした。
 残念でしたーと間延びした返事をして、朝練の体育館へ向かう。後輩からの元気なおはようございますの挨拶を交わしながら、ステージの脇へ荷物を下ろす。花巻に会った以外はまだ他のメンバーとは会っていなかった。
 去年は、花巻と及川の二人からいきなり言われてあたふたした記憶がある。あの時はたまたま持っていた飴に救われたけど、結構文句を言われたので今年はわざわざ作ったという理由もあった。これなら文句は言わないだろうと思っている。朝練が始まるとさすがにそういうことを言う人はいないので、先に始めていたメンバーや後から来たメンバーにも言われることなく朝練の時間は終わった。
 体育館内を片付けて、いつもの4人に混じって教室へ戻る。この間、花巻が私から貰ったお菓子を見せびらかすこともなく、誰かがTrick or Treatと言い出すわけでもなくいつも通り教室へ入った。
 かさりと包装紙が擦れあって鳴った袋がちょっぴり寂しい。
 案外、余分を多めに作っていたのでクラスの友だちと休み時間にふざけながらTrick or Treatの言い合いで少しお菓子を消化した。
 友だちとご飯を食べていると、教室に松川が入ってきた。
「よお」
「どうしたの」
「Trick or Treat」
「はい、どうぞ」
「あ、花とはちげえ」
「何種類か作ったからね」
「去年とはえらい違い」
「よく覚えてることで」
 こっちも美味そうと嬉しそうに言うから作ってきて良かったなあと思う。ちなみに花巻にはパウンドケーキ、松川にはマフィンをあげた。花巻といったらシュークリームだけど、さすがに崩さず持ってくる自信は無かったので今回は諦めた。松川が教室から出てって数分後、今度は及川がきた。てっきり岩泉と一緒に来るかと思っていたのに、手にいくつかお菓子を抱えてやっほーと現れた。
「……今度は及川かあ」
「なにそれ?ちょっとくらい優しくしてよ」
「いや、だって及川だし」
 及川には彼がTrick or Treatという前にお菓子を差し出した。通過儀礼のごとくさっさと渡すと、隣にいた友だちがすかさず彼にお菓子を渡していた。さすが、校内屈指のイケメン。こういう時でも彼は嫌な顔一つせず受け取る。じゃあねーの手をひらひらさせて教室を出て行った。嵐が通り過ぎたような気分だった。岩泉まだだなあと何となく思いつつ袋に入ったお菓子を確かめる。どれも似たような出来だけど、少しでも綺麗なものがないか確かめた。これはだめ、あれはだめ、それならいいかもと選別をしていると目の前の友人が言う。
「青春だねー」
「そんなんじゃないってば」
「それ、岩泉くん用に取って置くんでしょ?」
「まだ来てないし、レギュラーで一人だけ渡さないとか可哀想じゃない」
「いやいや、どうでも良かったらそんな選別はしないっしょ」
「いいの、勝手にやってるだけなんだから」
 どうせ岩泉は形とかまでちゃんとは見てないし、私のどれくらいが普通のラインかなんて気にしてない。受け取ったらそれはそれで食べちゃうのだから、私がどれだけ綺麗なものを選んでも彼にはそこまで重要ではないだろう。結局は私の勝手なのだ。一番きれいな仕上がりのマフィンを眺めてそっと袋へ戻す。何にも言わなければ私から押し付けてやる、そう考えた。丁寧にお菓子を入れた袋へ戻す作業を見ていた友人は また青春だねとニヤつきながら言ってきた。
 もう、と呆れながら言えばごめんねえと適当に返したてきたので、諦めることにしよう。
 放課後、部活の始まる前に時間があったので早くに来ていた後輩へお菓子をばら蒔いた。唯一あざとくやってきたのは1年の国見で、先輩ハッピーハロウィンと言いながら普通にお菓子をねだってきた。それを国見の隣で見ていた金田一がギョッとしていたので、いい子だなと思いつつ2人にもちゃんと渡してあげた。
 お腹の空いた少年たちは喜々として貰っていくので結果オーライだ。
「Trick or Treat!」
「ちょ、及川二回目とかなしでしょ!?」
「えーなんで」
「キリないからだよ」
 だってみんな貰ってるし、休み時間のやつ美味しかったのになあと言っている及川は放っておくことにした。2回目はあげません、そう付け加えておけば良かったなとニアミス。
 練習中に溝端コーチに声を掛けられた。手に持っていたジャグを置きながら話をする。
「お前今日魔女らしいな」
「……? 魔女、ですか?」
「菓子配りまくってるって聞いたから、あれだろ、ハロウィンだからだろ」
「魔女かは分かりませんけど、ハロウィンなんでみんなには配りましたよ。及川とかはTrick or Treatって言ってきましたけど」
「へえ、監督が無いって言って凹んでたから後であげてやれよ」
 溝端コーチの一言で先生まで、ハロウィン意識してるのかと驚きつつせっかくだからあげようと決めた。
 得点ボードの近くにいくところころとバレーボールが転がってきた。それを拾い上げて、コートへ戻そうとするより先に岩泉がやってきた。
「岩泉、Trick or Treat!」
「はあ?お前一日やってたんかよ」
「ほら、お菓子は?」
「……今ねえから後でな」
「うわーケチだ!」
 ボールをぽいと彼へ投げた。すっぽりと彼の手の中へボールは収まって、彼もまたみんなの輪の中へ戻っていった。
「お、魔女が仕掛けてる」
「なにそれ」
「魔女の一撃?」
「なんか、悪いことしてるみたいじゃん」
 一部始終を見ていたのか松川が後ろから茶化してきた。そんなんじゃないってばと答えれば、頑張れと一言。おまけに菓子うまかったよと言われて、上手いなあと舌を巻く。
 監督、コーチに部員が集められてようやく終わった部活。岩泉のもとへ駆け寄って練習着の裾を引っ張った。
「お菓子もらってませんよー」
 これは、イタズラしますよ?っていう合図。えい、と背伸びをしてデコピンをかましてやった。にやりと満足げに笑った私とは反対に岩泉がむすっとしていた。私がお菓子持ってないそっちが悪いと言えば、彼は呆れたようにため息をついてちょっと待ってろと言う。
 何だろうと思い、大人しく部室棟の前で待つことにした。数分後出てきた彼は飴を投げてきた。
「わ、投げるなら言ってよ」
「ほら、菓子はやったろうが」
「おそーい!」
「Trick or Treat」
「あっ」
 袋を探してみても、すっからかんで。まさか先生に上げるとは思っていなかったので、予定より足りなくなってしまっていた。じりじりと詰め寄る岩泉にあたふたすれば、今度は楽しそうに笑う彼がいた。
「残念だったな」
 掠め取られた唇に、真っ赤に火照る顔は誰にも見せたくなかった。
 目線の上にはしたり顔の岩泉。
 どうやら魔女の一撃だけでは足りなかったらしい。

2014/10/31