鉄朗と付き合い始めたのは去年の夏だった。私から告白をして、オッケーを貰って付き合うことになった。
友達に彼のどこが好きなのか聞かれればあれこれ言えるくらいには好きだった。いつも待ち合わせに使っていた喫茶店にいつも通りはいる。すっかり常連になったこのお店は、空いていればお気に入りの場所へ案内してくれた。
いつも、私は鉄朗を待っている。いや、早く来すぎてしまって時間を持て余しているのだ。鉄朗には適当にさっき来たとこだとか、授業が早く終わったからなどと理由を述べている。そうしなければ、彼は私に合わせて早く来ようとするだろう。
今日は、本当に授業が早く終わってしまい、友人たちは揃いも揃って彼氏とデートにそそくさと行ってしまった。最初の三十分くらいは夜久くんがいて、教室で話していた。けれども、彼はバイトだそうで時間を持て余した私はこの喫茶店に来た。
課題をしようと、ルーズリーフとプリントとペンケースを机に広げた。おまけに、課題のでている授業はこのご時世のくせに手書きでのレポート提出なのだ。面倒くさい、の一言につきる。ある程度の内容は固まってはいるものの、パソコンで打てばすぐのものを手書きするというのはなんとも億劫な作業だ。
注文をしていたアメリカコーヒーに目もくれず、ペンをはしらせた。コーヒーに口つける頃には少しぬるまったくなっていた。
それから少しして鉄朗は喫茶店へやってきた。よお、と片手をあげながら近づいてきて椅子を引いた。
「待たせたな」
「大丈夫だよ、これやってたし」
机に広げたものを片しながらこたえる。
上着を脱いで背もたれにかけるのをぼんやりと眺めていると、甘ったるい香水が鼻についた。この前とは違う、匂い。彼の匂いともまた違う香りがするのはこれが初めてではなかった。付き合い始めた最初の頃は、何の不安もなく真っ直ぐなところが好きだった。そう、彼は見た目に反して面倒見が良かったし、誰かのためにと考えることの出来る人だった。
だからこそ、今の状況が信じられないし信じたくもなかった。
目の前で冗談を言いながら笑うこの男は私を本当に愛しているのだろうか。
もしかしたら、私は二番目の女になっているのかもしれないし、それ以下かもしれない。そもそも、彼は私と付き合っているという感覚じゃないのかも、そんなことまで思うようになった。
「お前最近元気ないけど?」
「そんなことないよ。それ、鉄朗の気のせい」
「なら、いいんだけどな」
「ねえ」
そこで区切ってひと呼吸おく。
このまま聞いてしまおうか、それとも知らんぷりを続ける?そしたら、私はどうなるのだろう。このままでいい、そんな訳ないのにひどく不安で聞けないのだ。もしかしたら、私は彼にとって一番でそのほかの女の子たちが2番目なんじゃないかって。馬鹿げた考えもあるくらい、私は彼が好きなのだ。
声をかけたまま、続きが出てこなかった。鉄朗が目を丸くして、それからにやあと笑った。私をからかおうとする時の表情だ。寂しかったんかよ〜と妙に間延びをした言い方で、違うと短く返した。
素直に寂しいって言えたら、この状況もずばり聞けただろう。
「あれ? 鉄朗くん、どうしたの?」
沈黙が続く中、それを遮る甘ったるい声が割行ってきた。見上げれば髪の毛をくるくると巻いた女の子だった。少し短い丈のスカートが似合うスタイルの良い女の子。鉄朗と並んだらお似合いかも。気がつけば、鉄朗は立ち上がっていてお前上の空だし帰るわと言い出した。机の上には彼が注文した飲み物の代金がお釣りなしできっかりと置いてあった。
ああ、ダメだなあ…。
別れもちゃんと切り出せないし、彼は呆れて帰ってしまった。涙なんか、出なかった。悲しいとかより、もうどうすればいいかわからなかった。
このお気に入りの席で彼と過ごすのが好きだった。私の知らないところへ連れて行ってくれるのが嬉しかった。それももう、今日までだ。
久しぶりに立ち上げたメール画面へ打ち込んでいく。
もう、会えない。ごめんね。
短く打ち込んだ。自分から別れようなんて単語を打ち込めない。でも、会えないと言えば彼はそれでわかるだろう。そういうところはうんと敏いのだ。
さようなら、バイバイ。
送信画面を眺めていると、声が聞こえた。
「なんで、そんな顔してんだよ」
さっきまではいなかった夜久くんの姿。君がそんな苦しそうな顔をしなくてもいいのに。
「私ねもう別れることにしたの」
それを聞いて更に苦しそうに夜久くんは顔を歪めた。ごめんね、もう決めたの。
私の恋は終わったんだ。
さて、ガラスに写った私の横顔はどんな表情だっただろうね?
2014/12/02