この鉱石を磨いたら全て宝石のようにきらきらし出すとしたら、一流になるのは難しくないのだろうと思う。その辺の道端に落ちている少しきれいな石ころが才能の欠片だとして、それを丁寧に丁寧に磨いて宝石になるのならば、誰だって苦労しないのだ。
 辛いとか辞めたいとかそういう言葉は重苦しく吐き出されることなく、初めてできたことをきっかけに始めたそれに一心に打ち込める。
 誰が決めた基準か分からない、コンプレックスにも成りうる才能とはどれだけの人が苦しむのだろうか。苦しんだ本人にしかわからない。

  私は及川徹が磨かれないと腐ってしまう鉱石だということを小学校の頃から嫌というほど知っている。
 たまたま小学校にあったバレーボールクラブで知り合っただけで、まさか今日まで青葉城西高校で同じ机を合わせて勉学に励み、一緒に通学するとは当時は思いもしなかった。
 そもそも、及川徹とはどんな男の子なのか説明の必要がある。説明しなければなぜ、磨かれないと腐ってしまう鉱石なのかはっきりとしないからだ。

 普段、彼はとてもへらへらと笑う人間で、一般的に見てイケメンと呼ばれる類の顔立ちをしている。顔立ちのおかげで、女の子に困ったことはないと思うし、本人自体は女の子が大好きだった。
 彼の幼馴染曰く、女の子と接している時の彼の顔はすごくムカつく顔をしていることが多いそうだ。女の子から見て、その表情は自分だけを見てくれていると錯覚するほど、甘い顔をしていると私は勝手に思っている。
 ちなみに顔立ちだけではなく身長もあるし、彼の大好きなバレーボールで鍛えたしっかりと筋肉のついた身体は彼を引き立てるのに役立っていた。おまけに頭も悪くはないし、言葉の選び方もわかっている彼は普通の人からみたら何がいけないのかと疑うだろう。
 常人であるならば人気・スポーツの実力もあるのにこれ以上何を求めるというのだということだ。彼の最大の武器にして最大の弱点がその原動力となるバレーボールということには遠巻きでしか彼を見ない人にとっては分からないことだった。
 及川徹が大切にしているのはひとりのかわいい彼女ではなく、バレーボールそれだけ。バレーに関係ない人はさほど重要ではない。それだけに彼の考える境界線ははっきりとしている。全員に明るくふるまっているように見えてその実、さまざまな意味を含めた表情をしていた。ただし、バレーに関連する相手には敵意をむき出しにすることもある。完璧に見えるようで不器用な彼はいい意味で人間臭い面倒な男の子だった。
 それだけに分かりやすいとこもある。彼と一緒にいればいるほど、本質はとてもシンプルで純粋で、単純な男の子でもあった。
それを本人に言ってしまうと、反論されるだろうから話したことは一度もない。一貫した信念をもとに練習に励む彼は多分、私には一生手の届かない人なんだと思う。
 私はあんなに真剣に練習に打ち込む人を彼以外に知らないし、何よりもあんなに大好きなバレーボールと比べた時に付け入る余地などないのだ。

  及川徹と幼馴染――岩泉一に相談をしたこともあったが、彼は大体そっけない答えしかくれず、通算十年を超えているだろう付き合いの長い相棒の恋の行方など気にも留めていなかった。
 それもそのはず。岩泉に春が来ないのに、どうして他人の色恋沙汰の手助けをしなければいけないのかと問われれば、それも確かにと頷ける話であった。
 そういう経緯もあり私は、この小さな恋心をもうすぐ十八歳を迎えるというのに、温め続けていた。及川は今だにバレーボールを辞める気配もなく、毎日体育館で練習をしていて新年に開催される春高バレーを目指していた。
練習している姿を見に来る女の子は沢山いて、私一人がそこにいてもきっと彼は気がつかない。そして、彼自身は磨き続けなければ腐ってしまう鉱石だというとを知らない。そのことを私は教えてやるつもりなどないが、彼がいつか知る時がきたら、私がこっそりと耳打ちして教えてあげるのだ。



「おーい、授業終わってますけど?」

 机に突っ伏している及川に声をかける。席が隣で、おまけに付き合いも長いともなればこういう風に声をかけるのは決まって私の役目だった。
 岩泉が同じクラスにいれば彼の役目になり、及川はどちらかが起こしてくれるこの環境に甘えている。寝ている時に見えるだらしなく緩んだ顔は小学校の頃から変わらず、少し幼さを帯びていた。
 諦めて自分の席に座った私はしばらく彼の寝顔を眺めることにした。及川と同じように突っ伏して顔だけを彼のほうへ向ける。端正な顔立ちというのは罪ではないだろうか。寝顔でもぴんとしたまつ毛が長いとか、整った眉毛、鼻、口、輪郭まできれいでため息をつきそうになる。この目の前の男の子はなまじ整った顔を武器に女の子を落としているのだろう。かくいう私も彼に落ちた一人だ。チャイムが鳴る間際、ぱちりと目を開いた彼と目が合う。

「起こしてくれなかったの」
「起こしたけど、及川ぜんぜん起きないんだもん。諦めたの」
「へえ、それで俺のこと眺めてていいことあった?」
「…教えない」

 えー、なんで?とわざとらしく言う及川を無視して引き出しから次の授業の教科書を出す。
 内心、目線があったことに驚いて心臓がばくばくしているとか、絶対に言わない。見透かされているとしても、言わなければ真実にはならないのだからと勝手に決め付けた。隣でにやにやと笑っている及川のことが視界に入っても気にしないようにした。
 そういったことを気にする以前に私の頭の中は彼ですでにいっぱいだった。この授業が終わったら、今日も私は彼が見ていようがいまいが、体育館へ彼の練習風景を見ていく。いつもひっそりと見ているから彼は気づいてないだろう。それでも私はこの微妙な立ち位置のせいで前にも後ろにもいけなくてこの習慣を続けている。
 それを知っている岩泉は早く告白してしまえとせかしてくる。前に、玉砕したらどうしてくれるのと問えば、骨くらいは拾ってやると言われた。そんなのじゃ信用ならないと思ってしまい、こうやって中途半端なことを続けている。先生のつまらないうんちくを聞き流し、黒板の文字を板書していく。
顔をあげた瞬間、かさりと机の上にメモが置かれていて誰の仕業かと思えば及川だった。隣を振り向けばにっこりと笑う及川が両手でピースをしていた。はいはい、と仕方なくメモを広げる。見慣れた文字を読んで驚きながら彼のほうを見れば、華麗なウインクが飛んできた。
 どうやら彼は最初から何もかもわかっていたようだ。そして私を上手に丸めこんでいくつもりだったのだろう。先程渡されたメモの文字がそれを物語っていた。

『今日は俺の練習が終わるまで待ってて』

  改めて及川徹とはよく気がつく男の子だと感心する。そして、小さな紙切れ1枚に一喜一憂するくらいに、私は単純な女の子だ。きっと、私だけがこうやってあわてているうちに及川は1歩よりもさらに大きく前に行ってしまう。彼に追いつくためには、隣に並べるように合わせるしかないということをずっと前から知っている。
 ちなみに彼の練習が居残り練習まで含まれていることも分かっていた。そもそも、私は陰ながら努力をしている彼が好きなのだ。最初から待つことも当たり前の事項として認識をしていた。少し考える素振りをして、さらさらとメモに文字を走らせる。

『待ってる』

 短い文字だし、そっけないけど彼には十分伝わるだろう。それだけ彼との付き合いは長いのだ。



 放課後。いつも通り私はバレー部の練習する第3体育館に来ていた。強豪青葉城西男子バレー部のためにあるような体育館はポールが立っていてネットが張り巡らされている。それを横目に上にいく階段を上がる。すでに早々と集まっている女の子たちがいて、きゃいきゃいと話している。ミーハーな女の子のように会話をするつもりはないが、こういう風に応援する方が可愛らしく見えるのだろうなと思う。カバンを足元に置いて、準備体操を始めた部員を眺める。大勢の中で活躍するレギュラーはやっぱりすごいなと、すでに辞めてしまった身ではあるがしみじみ感じる。中学まではバレー部に所属をしていた自分は、高校に入ってぱたりと辞めた。バイトもしない帰宅部の時間を全て及川と岩泉を見続ける時間に変えて3年になる。どれだけ彼らが全国に行きたいのか、倒したい相手がいるのかを知っている。だからこそ、黙ってじっと見続けている。
 一度解散となって、居残り練習が始まった。この段階で8割の部員が帰っていく。残るのは熱心な部員か、レギュラーメンバー。最後のほうまでいるのはレギュラーのことが多い。立ってみているのも疲れてきて、その場に座り込む。時間を確認すれば午後7時を回っていた。

「名字さんですか……」
「そうですが」
「及川さんが下にって言ってたので、呼びにきました」
「そうなんだ。わざわざありがとうね。練習お疲れ様」

 1年生が呼びにきてくれて、おとなしく階段を下った。汗をぬぐいながら近づいてきた及川はさっぱりとした表情をしていた。

「及川、後輩使い荒くない?」
「だって、名前俺が呼んでもすぐ来ないじゃん」
「……私のことはいいから、練習すれば?後ろの岩泉が怒ってるよ」
「嘘!?」
「ウソだよ」

 及川の後ろに岩泉がいるのは事実だが、彼は彼で黙々と練習をしている。もう少しだからと言いつつもさっさと及川はコートへ戻っていった。さっき呼びに来ていた1年生は帰っていて、体育館には及川と岩泉、それと私が残っているだけになった。ボールが床に落ちてダダンと鳴る。それをどれくらい続いたかは途中で数えるのをやめたけど、不意に前をむいていた及川が振り返った。
 なんだろうと思っていると、彼は近づいてきてぽつりと一言つぶやいた。

「ちゃんと見ててよ」

 眉尻を下げて言う及川が急にちっぽけに見えて、あっけにとられる。どうして、そんなことを言うの。ちゃんと見てるよ、及川が努力家なこと知ってるよ。
 言いたいのに喉につかえて言えなかった。
 きゅ、きゅ、とシューズと床が摩擦を起こして鳴る。それに合わせて大きく飛んだ及川が勢いよくサーブを決めた。
 いつの間にか体育館には及川と私の2人きりで、ゆっくりと息を吐いた彼の瞳と私の視線が交差したのだった。
 体育館の戸締りをして校門を出るまで私たちは無言だった。話そうと思えばいくらでも話題なんか見つけられるのに、特に会話をすることなく歩き続けた。暗闇を照らすように街灯がぽつぽつと柔らかい色を放つ。目線の先にはまだ青く光っている信号があった。ゆらゆらぐらぐらと、ぼんやり眺めながら歩いていると急に腕を引っ張られた。何なのかと隣へ顔をあげれば、目の前電柱だけど?と言われた。

「お前、意外と抜けてるよね」
「及川に言われたくない。さっきは、たまたまぼーっとしてだけなんだから」
「はいはい。名前ったら最近岩ちゃんに似てきた」
「それはそっちの日ごろの行いのせいでしょ」
「ほら!俺に優しくない」

 気が付けばいつも通りの憎まれ口の応酬で、どっちつかずになる。そういうやりとりも嫌いじゃないけど、わざわざ今日一緒に帰るのに意味があるのかないのか。
 授業中に彼からもらった紙切れは制服のポッケの中にしまいこんでいて、手を入れてみれば小さくかさりと鳴った。大事なことをなかなか話しださない癖は今だに健在のようで、仕方なく私から核心に触れることにした。歩を進める足を止めて彼の名前を呼ぶ。少しだけ距離が開いて驚いた表情の彼。

「ねえ、私とただ帰るだけでいいの?」 
「……急にどうしたの。今日帰ろうって誘ったのは俺だし」
「うん。でも別にただ帰るのならいつでもいいし、見に行っている事を知っていたならもっと早く声をかけてもよかったんじゃない?って話。見に行っちゃダメならしょうがないけど、他に何かあるのなら聞いとかないと及川言わないでしょ」

 へらりと笑ってかわそうとするそれは、何かを隠そうとする時の悪い癖だ。どうでもいいことならあからさまに動揺するのに、肝心な時にはぐらかそうとするんだから面倒くさいにもほどがある。
 嫌なことがあったなら、私でも分かるが今の及川は何がしたいのか見当もつかなかった。視界に写る信号が点滅をして赤に変わるのが見えて、なかなか言わなそうだなあと思う。見つめあってどれくらい経ったか分からないが、ようやく動いた彼の口。

「色々と考えてみたけど、ちゃんと聞いてもらおうってなったら岩ちゃんに名前に伝えろって言われちゃってね。…ずっと練習とか試合を見ててくれたのは知ってたけど、今度の試合は今までとは違う立場で見てもらいたくて」

 困ったように笑うから、これから何を言い出すのか頭がついていかなくて、ゆっくりと言われた言葉にぽかんとするしかなかった。

「……名前?」
「びっくりしすぎて、言葉がうまくでないや」
「それが答えでいいの」
「ほら、だって、及川ってバレー1番に、岩泉が2番で恋愛っておまけみたいなとこあったじゃない。だから、どうしていいか…」
「俺だって好きな子くらい大切にするんですけど」
「……あー、うん。ごめん」
「これなら悪い虫もこないし、いいと思うよ」

 ほら、帰ろう。そう言われて掬われる手のひら。ついにこうして手を繋ぐ日が来るとは思わなかったけれども、この場で起こっていることが現実だった。

「そうだ、コンビニでおでん食べよう」
「じゃあ、私大根で」

 ちらちらと明るい街並み吸い込まれるように、慣れた景色へ溶け込んでいく。


 ――及川徹は磨かれないと腐ってしまう鉱石だ。でも他人に磨かれるのではなく、彼自身がたゆまぬ努力をすることで彼を磨き続けるから大舞台で光っていられる。まだ私はバレーに勝つことはできないけど、彼が光っていられるのならそれでもいいと思うくらいには彼が好きなのだ。どんな彼になっても隣にいるから、いつか彼の大事な1番になれる日まで1番近くで見ていようと思うのだ。


企画「Nobody loves, but I!」様(夢コン連動企画)へ提出
素敵な方々ばかりのところへ参加させて頂きました。
ありがとうございました!