元気な声で体育館に入ってくる女の子が一人。それを2年の赤葦京冶はじっと見つめていた。その視線の先をたどっていけば部活の先輩、木兎光太郎にぶつかる。体育館に入ってきた女の子は木兎の彼女。いかにして彼らが関係を発展させていったかは少し時を遡る必要があった。まだ、赤葦が入学する前までに……。


 1


 名字名前は、いわゆる不幸体質というやつだった。
毎年楽しみにしている校外学習や修学旅行は大体雨に降られるか、自分自身が熱を出したりなどの体調不良によって参加できない。楽しいはずの学校行事にも見放され、普段から何もないところで転んだり、席替えをしても連続で同じ席になるという、非常に運に見放されていた。そういうことが度重なり最早彼女にとって普通の生活は夢のまた夢だった。周りの子たちはどうして何も起こらないのだろうかと考えたこともあったが、最近ではしょうがないと諦めがつくくらいには悟っていた。
 今日も駅から学校までの距離を歩いていく途中で人とぶつかった。とにかく謝ることしかできない。よけたはずなのに、避けきれないというのはどういうことかと頭をひねっても答えが出ないのだから仕方ない。彼女自 身、避けられるのなら避けたいのはやまやまだった。
 どうにかこうにか怪我をせずに登校できただけマシだ。ひどい時は反対側から来た自転車と正面衝突を起こしたことさえあった。唯一、死にかけたことがないのだからとんだ悪運を持っているものだと名字は感心していた。
 名字にとって、最近変わったことが起きていた。普通の人からしたらなんてことはない事だとしても、アクシデントだらけの名字にとっては願ってもない嬉しいことだった。おかげで、朝から人にぶつかったとしても、カバンが開いていて教科書を廊下でぶちまけても気持ちが軽かったのだ。
 その変わった出来事とは、先日学年行事で校外学習へ行った時だった。普段なら雨が降るか、台風が来て中しか、電車が止まるとか、はたまた自分自身が休むかというところが、見事な快晴で無事にいってこれたのだ。それがどれだけすごい事かは中学から同じ有人や名字本人にしかわからない。何故そんなことが起こったのかわからなかったし有人たちも何もなかったから良かったじゃん、と清ましてしまい、名字には疑問だけが残った。
 名字の推測だが、自分よりもハッピーな人間――つまり名字とは逆の幸福体質な人間がいるのではないかということだった。しかもその人間は自分よりも強運の持ち主でかつ、同じ学年にいる。名字がない頭で振り絞った仮定だった。
 そもそも、そんなハッピーな人間がいるのかと不幸体質ならではのネガティブ思考で考える名字にとっては思ってもみないことだった。大体、毎日ハッピーな人間がいたらさすがに自分自身も気がつくのではと思ったほどだ。考えごとをしていたせいか机に置いていた筆箱を床に落下させてしまい、またかとうんざりしながらそれを拾いあげた。
 とにかくこれから探さなければいけないと思い、まずは友人に協力を求めることだった。


 2


 名字が手始めにしたことは、自分が知っている中の知り合いで幸福体質な人間か否かを判断することだった。ルーズリーフを引っ張りだし、手書きで簡単なリストを作成していく。名前・クラス・出席番号・自分とのかかわりがあるかどうか、そして幸福体質かどうか。自分の知り合いということはクラスメイトはもちろんのこと、多少でも関わりがあれば知り合いとして認定されるだろうと名字は考えた。それから、実際に検証してみる。自分関わることでどれだけ普通に過ごせるかという簡単なものだ。名字が今までの友人たちと過ごしてきたなかでも不幸体質に引っ張られやすい人間もいるので、そういった人は可能性から排除する。そうして残った人の中で自分の不幸体質を上回る結果を残した人が幸福体質として考えられる。そのためには、やはり友人の力が必要だ。
 昼休みにお弁当を食べながら聞いてみればすぐに協力をしてくれるというので、どのような順番で可能性のある人に協力をしてもらうか話し合った。
 まずは関わりの深い人物から洗い出すことになった。最初に検証したのは名字の友人だった。彼女は中学からの付き合いで散々いろいろな目に遭っているので検証するまでもなく、不幸体質に引っ張られやすいという結論だった。

「引っ張られやすいかどうかって関係あるんだね」
「私と一緒に過ごしすぎて感覚がマヒしてきているんだよ。普通は毎日、町日派手なことは起きないものだって」
「飽きなくて好きだからいいけど」

 友人は愉快そうな表情と一緒にウィンクも投げる。名字の不幸体質に慣れきってしまっているせいか、ちょっとやそっとのことじゃ動じない友人はとても頼もしかった。
 次はあの子にしようと名字よりも先に決めてしまい、次に検証するクラスメイトを決めてしまい、すでに声をかけようと席から離れていた。それからというもの、とにかくクラスメイトは洗いざらい検証を試みた。面白そうだと嬉々として参加してくれる人もいた。結果的には誰も名字の考える幸福体質な人間はいなかったのだが、よくよく考えてみればそんなすごいパワーを持った人間がクラスにいれば入学した最初の時点で異変が起こっているはずなのだ。
 この検証で分かったことは他のもある。
 意外にも不幸体質に引っ張られやすい人間が多いことだった。つまり、幸福体質であったとしても、名字のほうが強いパワーを持っていて、なおかつどちらかに共鳴し引っ張られる可能性もあるということだ。そういう 意味で名字は引っ張られにくい、という性質も持ち合わせている。改めて、自分がどれだけ稀有なものを持っているかを感じた。同時に疎外感も感じて、どうしてだろうと幼少期から問い続けている疑問にぶつかる。

「元気出してさ、明日は隣のクラス行こうよ。もしかしたらいるかもよ。運命の人」
「待って、そんなんじゃないってば」

 友人がからかい口調でいうものだから、周りのクラスメイトも面白がって、見つかるといいね運命の人、と言い出す始末だ。
 それから1週間、あれこれ検証してみたものの見つからなかった。幸福体質な人間は少しいたが、どれも名字ほど強力なパワーは持っていなかった。現在、幸福体質の定義として、名字と一緒に過ごして反応が全くなかった人間を幸福体質として考えている。それ以上は何も起きず、その検証した人間から離れた瞬間、不幸がやってくるのだから学年中で噂になっている。名字名前は不幸体質ゆえに運命の人を探していると。マンモス校の梟谷学園で学年中が知っているとなれば、校舎を歩いていてもより一層、災いが起きることなんてすぐに思いつくことだった。教室から出るのも億劫で、そのうちこの噂も静まるのかなと気を紛らわしながら廊下を歩いていると、同じ中学出身の木葉に出くわした。

「お前すっかり有名人だな」
「やめてよ。これでも真面目に探しているんだから」
「ふーん。まあ俺は対象外だろ、中学から一緒でわかってるし」
「だから検証すらしてないでしょ」
「で、次の目星は?」
「…わかんない」
「あっ!木兎はどうだ」
「?…ぼ、なんて言った?」
「木兎、木兎光太郎。バレー部で一緒なんだけどよ、あいついつもテンションたけーし、悪い奴じゃないから」

 名字は初めて聞いた名前と木葉からの少しの情報だけで、少しの望みをかけてみようかと思った。どちらにしろ、これから検証するのは名字にとっては面識すらない人物だと決まっていたからだ。 名字は木葉にお礼を言って、放課後バレー部が練習する体育館にいく約束をとりつけた。

 3


 放課後、名字は学校内でも有名な、全国強豪と銘打っている男子バレー部が練習する体育館を訪れていた。ここには木葉も、今日お目当ての木兎もいる。木葉はこの学校に推薦入学をしているので、1年生ながらも控え選手として練習に参加している。木葉曰く、木兎も実力のあるチームメイトだということで、名字は木兎の顔すら知らないので木葉が練習しているコートを熱心に見つめていた。練習の見学は自由ということで顧問に許可をもらって2階席から眺める。友人には一緒に行こうかと聞かれたが、全く知らない人だらけでもないので断った。もっとも、今まで見たこともない空間に友人と一緒に訪れて名字の不幸体質に引っ張られて何か起きてもこわいのだ。多少でも周りに被害が少ないほうがいいだろう。そう考えて今日は1人で訪れた。
 部活が終わるのは夕方18時を過ぎるということだった。正直、暇だ。バレーの知識は皆無だしばしばしと強くボールが叩きつく音を聞いているものなんだか怖い。それもそのはず、名字は今まで生きてきた中でボールとは自分に被害をもたらす凶器なのだ。その数々の被害を受けている身としては、見ているのもハラハラする。名字の様子を見たひとはただ眺めているだけに見えるが、本人はボールの軌道をしっかりと見ているのだ。そうやって少しでも避けられたらと考える。
 実際に避けられた試しなどないのだが。
 ぼんやりと眺めていると休憩にはいったらしく、2階にいる名字に気がついた木葉に呼ばれた。

「名字、平気か?」
「大丈夫!あと少しだよね」
「おう、終わったら下来いよ」

 少し声をかけられたのもつかの間、木葉は先輩に呼ばれて離れていく。壁にもたれ掛かりながら、カバンから最近持ち歩いている幸福体質リストを取り出した。
 今まで判明したおそらく幸福体質の人間の特徴は何かないか探していた。実際のところ、特別な共通点もなく、どの人間も名字に引っ張られにくく特別何も起きないということだった。
 もしくは、巻き込まれないといったほうが正しいだろう。名字だけに起きるということもあったほどだ。結局のところ、名字の考える強力なパワーを持った幸福体質な人間はいなかった。それだけが今、事実として浮かび上がっている。何度か考えたが、カバンにリストを入れなおした。あともう少しで練習も終わるだろうと、スマホで時間を確認してもう一度コートに目を向けた。
 あざーした!と、運動部特有の何を言っているのか今いち聞き取れないあいさつでバレー部の練習は終了した。休憩時に話していたとおり、階段を下りていき、着替えの済んだ木葉と落ち合う。見慣れない男子生徒が2人いて、このどちらかが木兎だということは名字にもわかった。バレー部というだけあってどちらも身長が高く、名字は平均的な身長をしているので見上げなければいけなかった。おまけに線の細い木葉と違いしっかりとした体躯をしている。あまり関わりのないからこそ、名字はすくみあがってしまった。それに気がついた木葉がフォローするように紹介していく。にやっとした表情が親しみやすい猿杭に、特徴的な髪形をしたほうが例の木兎光太郎だった。どちらも話せばなんてことはない。普通の男子だ。
 ただし、木兎は木葉が言っていたとおりテンションの高い男子だった。名字を見ながら、屈んできて何かと思えばずかずかと質問をしてきた。

「木葉の彼女?」
「違う。私は、あなたのことを検証しにきたの」
「けん、しょー…?」
「そう」

 要領を得ない木兎のもわかりやすいように、経緯を説明し少しの間木兎と一緒に過ごさせてもらうということで、本人に了承を得る。嫌かもしれないけど、と付け加えれば木兎は大丈夫だぜと元気よく答えた。どうやら彼は嬉々として検証に参加してくれる人間だった。


 4


 たまたま電車の方向が一緒ということで一緒に帰ることになった。腹減ったとうめきながら歩く木兎にお菓子を差し出せば、お前イイ奴だなと嬉しそうに答えた。その様子に名字は餌付けをしている気分だなと思いつつ、隣にいた木葉・猿杭にも差し出して2人も嬉しそうに受け取る。幸い、お菓子が溶けてる、粉々になっていることはなく、珍しいなと気がついた。
ちなみに、電車といえば名字にとっては相当デンジャラスな場所だ。
 大体この空間で何かしらの出来事に巻き込まれる。一番最悪だったのは、階段を下りる際に足をすべらして危うく顔面から落ちそうになってことだろうか。この時は友人もいたのだ、床に顔面が直撃するということは避けられた。
 基本的に名字にとって毎日使わなければいけない駅はいつも憂鬱だ。何があろうともこれを使用しなければ家には帰れない。木葉が気をつけろよと忠告し、わかったよと答えながらも、誰も巻き込まない自信はない。
 帰宅ラッシュを過ぎた構内は人通りも多くはないので、多少は安全といえよう。それでも何が起こるかは分からないのが不幸体質の名字だった。ホームにたどり着いて電車を待っていると、誰かとぶつかった拍子に電車の入り込むほうへと落ちそうになる。これは本当にまずいと冷静に脳が働く。私、このまま…嫌な想像をした。

「うおっ!?大丈夫か?」
「あれ、私」

 ぎゅっと強く木兎に抱きかかえられていた。訳が分からない事が一瞬のうちに起きて、名字の頭は追いついていかない。確かに落ちる瞬間、スローモーションで周りにいた彼らの驚く表情を見た。これはさすがに、不幸も続けばやっぱり死が待ち受けているものかと思ったほどだ。茫然とする名字に木兎は怪我はないかと聞き、木葉と猿杭が名字にぶつかったサラリーマンと話しをしていた。人のいる狭い空間では何が起こるかは予測不能だ。
 それがたまたま、名字名前という不幸体質の人間にぶつかったわけで、そこの人に罪はない。そう2人に話して、お仕事疲れしているサラリーマンを慰めた。電車が来るころにはホーム内も落ち着きを取り戻していて、すんなりと電車に乗り込んだ。

「木兎君さっきはありがとう」
「急に落ちるから焦った」
「ほら、私不幸体質だから」
「ほんと、気いつけろよ…心臓出そうになったわ」

 椅子に姿勢悪く座る木葉は呆れたように言う。名字自身も予想外すぎる展開に驚いていた。それと同時に、一つに仮説が生まれていた。木兎光太郎が幸福体質なのではないか、そんな考えが浮かびあがっていた。この短時間ではあるが、奇跡が起きている。普段なら出くわさない不幸に、それを食い止めた奇跡。これだけでも十分すぎる判断材料な気がしたが、名字にはまだ足りないと感じていた。そんな簡単に実証されてしまっても周りに説得できるのだろうかと。

「着いたぞ」

 考え事に集中するあまり、電車内のアナウンスにも気がつかなかった。木葉にせかされるように他の2人と別れた。彼らはもう少し先の駅で降りるらしい。

「木葉、あのね、もしかしたら木兎君は幸福体質なのかもしれない」
「…それって木兎が運命の人ってやつ?」
「ちょ、そんなこと言ってないでしょ。大体、私は」
「分かってる」

 絶対うそでしょとまだからかうように目を細める木葉を名字は恨めしそうに見つめた。


 5

 いつも通り登校してきた名字は教室に入って驚いた。2つ隣のクラスに所属しているはずの木兎がそこにいたからだ。手を元気に振りながらおはよと声をかけられて何とも言えない気持ちになる。朝練はどうしたのかと聞けば、もう終わっているということで、教室内を見渡せば確かに他のバレー部員も戻ってきていた。
 何か用なのかと確認をすれば、今日も一緒に帰ろうと誘われる。周りのことを気にせずに結構な声の大きさで言うものだから、それに気がついたクラスメイトはにやにやと笑って、名字の行く末を見ている。そんな様子も気にせずに木兎はどうすると聞いてくるので、後でね!と負けじと名字も大きい声で抵抗をした。おかげで、なんとか木兎を撒いたがそれが間違いになるとは思わなかった。

「名字、決まったか!」
「まだって言ってるでしょ!?」
「だって今日のことだろ」
「木兎君暇なの、休み時間になるたびに…」

 名字が朝曖昧に濁したせいか、木兎は休み時間のたびに教室にきている。最初は面白がっていたクラスメイトも、お昼近くにもなればまた来たなというぐらいに無視を決め込んでいる。そして、名字が珍しく大きい声で話しているのを遠巻きに眺めていた。あれが、名字にとって運命の人なんだと勝手に誰が言うまでもなく認識を統一していた。彼女が知らないところで、だ。
 名字は毎時間教室に来る木兎をどうすればいいか木葉にLINEで連絡をしていた。木葉からはさっさと返事をすればいいということであしらわれたが、納得がいかない。別に木兎が嫌いなわけではない。昨日のこともあり、感謝をしているしいい人だと理解している。ただ、帰ろうといわれて素直に帰りましょうと言う性格でもないのだ。第一に、木兎と帰るということは、必然的に名字は彼を待たなければいけない。そうなるとその時間は暇だし、帰宅時間も遅くなるので、名字にとってメリットが感じられなかった。友人からはせっかくのお誘いなんだから一緒に帰ればいいじゃんと話す。それは友人なりに名字の恋愛面で心配していて、彼女の不幸体質をよく知っているからこそだった。名字の恋愛はことごとく体質のせいで失敗してきた。そのせいか、彼女はあまり前向きになろうとしない。今回、木兎は何であれ名字に興味を示している。友人としては少し楽しみつつも、彼女が幸せになれればいいのにと考えていた。

「木兎君って、バレー部の大型ルーキーだよね」
「…初めて知った。そんなすごいの?」
「結構うちの学年では有名だよ、ほら全体的に目立つし」
「そうなんだ、木葉から聞くまで全然知らなかったんだけど」
「あー名前、そういうの気にしないもんね」

 言われてみて初めて知ることも多く、そのまま彼の誘いをはねのけるのもだんだんと気が引けてきた。あれだけ熱心に声をかけられれば、今日くらいと警戒心も薄れるものだ。6限の終わりに彼の教室へ行き名字は告げる。

「一緒に帰ってもいいよ」

 彼の目の前で控えめに小さい声で言う。騒いだら許さないとでも言うように彼を見て言えば、びっくりした表情でうなずく。木兎からすれば、急にイエスという返事になり、どうしたものかと頭が追いついていなかった。

「昨日と同じ場所で待ってる」
「…ああ、ほんとにいいのか?」
「いいって言ってるでしょ。何回も言わせないでよ」

 そっちが誘ってきたんでしょ、そう言いたかったのを名字は飲み込んだ。昨日知り合ったばかりの人にそんなに強く言えるほど彼女も失礼ではない。教室を出る直前木兎は言った。

「今日は何もないといいな!」

 自信ありげに言う彼を見て、にっこりと笑って教室をでた。


 6


 昨日と同じように待っていると木兎が元気よく出てきた。後ろで先輩たちが彼女かよ!って叫んでいて、違いますと全力で訂正をしたかったくらいだ。木兎はそうですと勝手なことを言っていて名字の沸点に近付いていることに気が付いていない。事情をよく知らない同級生も何だなんだと見てくるが、名字の姿を見て納得したような表情をしていた。

「木兎君、先輩あれ信じちゃったよ」
「いいじゃん、そっちのほうが自然だろ」
「良くない、私はただ木兎君と帰るだけなんだから」
「そうなのか。名字寄り道しようと思ってたんだけど」
「……どこ行くの」
「コンビニ。待ってる間腹減らないのか」
「減るよ、長いこと待ってたんだから」

 木兎はテンションの高さの割にふつうに会話が成立すると思う。部活をしている姿を眺めていた時はムードメーカーなのかと感じていて、同級生とはふざけてばっかりで何だか帰るの大変そうなんて失礼なことを考えていた。駅前にあるコンビニによって、お菓子売り場を眺めていると、木兎はスナック菓子を2つ持っていてどっちがいいかと聞いてきた。
 片方は季節限定味、もう片方は定番の味。どっちがいいかと言われれば名字はまっすぐに季節限定を指差した。今しか食べられないのだからそっちをとるべきだと主張すれば木兎はこっちにすると決めてレジへ向かっていった。名字もお気に入りのチョコを持ってレジに並ぶと木兎が後ろに振り返って、あれ食べられるかとジャンクフードを指差す。少しなら、と答えればいつの間にか会計をしていた。
 コンビニを出て、渡された唐揚げを受け取る。片手でお財布から小銭を出そうとすれば木兎はおごりだという。木兎曰く、部活の終わりまでいてくれたお礼らしい。そう言われてしまえば何も言えず、名字は黙って唐揚げを口に運んだ。
 嬉しそうに笑う木兎をみると名字はなぜか憎めないのだ。朝からお誘いも、たまにはいいかもしれない。そんな風に思った。
 帰り道のことを友人に話せば、目を丸くしていた。どうしたものかと名字が不思議がっていると、友人は言ってくる。

「名前、木兎君って幸福体質かもね。昨日何もなかったんでしょ」
「あ、そっか。何もなかったかも…その前は駅でプラットホームから落ちそうになったのを助けてくれたんだけど」
「ちょっと待って、それ聞いてないけど。名前、落ちそうになるって相当やばいよ。そんな大事なこと省いて昨日木兎君と帰る、帰らないのやりとりしてたの!?」
「……だって、それとは別でしょ」

 あっけらかんと言う名字に友人は何も言えなかった。そして、何よりも木兎光太郎が幸福体質だということが証明された。名字はまだ分からないというかもしれないが、まぎれもなく彼は、彼女とって運命の人だろう。

「これで、平和に過ごせそうだね」
「まさかー、だって日々のあれこれを避けるためには木兎君といつも一緒にいなきゃじゃない」
「名前、付き合えば?」
「や、木兎君のこと好きじゃないし」
「ほら、お試しでとかさ」

 友人のちゃかす物言いに名字は呆れていた。彼は相当ハッピーな人間かもしれないけど、この高校生活の安全が保障されただけで、付き合うとかは考えていない。
 そんな関係になる前に、彼のことなんて全然知らないのだ。

「付き合う理由ないじゃん……」
「名前はそうやってすぐ逃げるから、ダメなんだよ」
「だって、変じゃん。互いに何も想ってないもん」

 友人との会話は押し問答になってしまい、休み時間のチャイムが鳴った。
噂の人物というのはこうもタイミングよくあらわれるのだろうか。後ろで勝ち誇ったように笑う友人を背に今日も教室へ来た木兎と会話する。
 誰だ、彼をここに仕向けたのは。来たのは本人の意思だが、名字からすれば誰かに言われてきてるのではと思うほどだ。困った顔の名字とは対照的に木兎は元気に話しかけてくる。仏頂面をするわけでもなく、適当にあしらおうとすれば木兎は名字をひょいと持ち上げた。

「何するのっ」
「食堂いくぞ」
「はいっ!?」

 ちょうど今は昼休みだし、行ってもおかしくない。だからといって、持ち上げる必要はないのでは。名字が反論するより先に木兎は廊下を走りだしていた。廊下にいる生徒から好奇のまなざしで見られる。今度こそ、学校に来られないくらい恥ずかしい思いだと名字は覚悟を決めた。木兎は何にも考えていないのか、バレー部の人に声をかけられ、周りと笑いながら走っていく。
 もはや、名字が止めるなど不可能だった。暴走しすぎだと言いたくても、食堂につくまでは降ろしてくれないだろうし、この道を戻るのも恥ずかしい。少し前に言っていた友人の付き合えばの言葉を思い出し、やっぱりそれはないなと思う。
 こんなことされて嬉しい女の子なんているのかとこの場にいない友人に問いただしたかった。

「よいしょ、着いたぜ」
「…着いたじゃないよ、勝手に持ち上げて」
「悪かったって、でもこけたりしなかっただろ」
「そうだけどさ、やり方があるでしょうに」

 スカートの裾を直しながら答えれば、あっちだぜと腕を引っ張られる。向かった先には木葉たちが座っていた。木兎は彼女を無事に連れてきたことに満足げで、木葉たちは苦笑していた。

「木兎、女子に軽々とあんなことすると嫌われっから」
「でも、名字はそっちのほうが安全だろ?」
「そうじゃないって木葉が言ってるでしょ!」
「まあまあ。これ食えって」

 名字の口にぱくりと入れられて、うえっと驚くより先においしいか聞かれるので完全に木兎のペースに狂わされまくりだった。怒る気力もしゅうと萎んで、それを受け入れるかと諦めた。


 7


「結局ほだされたのは名前だもんね」

 けらけらと笑う友人に名字は頭を抱えた。そうだ、結局木兎が先に彼女に惚れたこともあり日々の猛アタックのすえ、付き合っている。
3年にもなれば少しは落ち着くものかと名字は思っていたのだが、木兎はそんなことなく、自由にあれこれやっている。もっとも、バレーに関しては頭一つ飛びぬけていて、好不調の激しい彼をチームメイトが支えるのは日常と化していた。
 ちなみに、名字の不幸体質は改善されることはないが、木兎と一緒にいる間はやはり何も起きない。おかげで去年は念願だった修学旅行を無事に行って帰ることができ、日々のアクシデントも少しは気持ち的に軽かった。一人でいると突拍子もない事に出くわすのは同じだが、彼がいると思えばマシだった。

「名前―」
「今いく!」

 ごめん、と友人に言い残して名字は木兎のもとへと駆け寄る。
やっぱり、彼女は彼に出くわすべくして会ったのだろう。

2014.10.13