*** 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 どこかの雅な男が聞けばそんなではないと言いそうだが、私の中で彼女はそんな出で立ちがしっくりときた。私を呼ぶ声は、凛としていて澄んでいる。
 ほら、今も私を彼女は呼んでいる。声の方へ歩いていくと彼女はにっこりと微笑んだ。紅を乗せた唇がゆるりと弧を描く。
「よかった、中にいらしたんですね」
「あなたの声なら、か細くてもわかります」
「それは刀剣男士ができる物なのでしょうか」
 彼女の素朴な疑問に思わず笑いそうになった。私と彼女へ見た目は人そのものではあるが、その中身は似て非なるもの。彼女の疑問も出てきて不思議は無かった。縁側に腰掛けた彼女の隣へ同じように座り、疑問へ答えることにした。
「全員ができるものではないです。貴女との絆が強固なものであるほど、より聞き取れるのです。それに私と貴女は恋人同士ですから、ね」
 密やかに伝えると、彼女はみるみるうちに頬を赤くした。年端もいかない少女らしさはこういう時にしか見ることができないので、ついつい近づいて更に愛らしさを引き出したくなる。
 何でもないように表情はつくっていても、長い髪の毛からのぞく耳も桃色になっていた。壊れ物に触るかのように手を滑らせる。
 一瞬身じろぎをした彼女は酸素の足らない魚のように口をはくはくとさせた。
「本当にいつも可愛らしいですね」
「あ、あの、他の者に見られたら……示しがつきませんので、どうか」
 お戯れはよしてください、ときっぱりと言われてしまった。残念だと思いつつ、いつでも彼女に触れることができるのだと思い直し、手を除けた。
 いつもの様子に戻ってしまえばそれまでで、彼女の美しさに見とれながら縁側の向こうに目を向ける。
 目の前の庭には様々な花が咲いており、中でも大輪の牡丹が咲き始めていた。やや濃い桃色に色づいた花は隣の彼女にも似合うのだろう。
 代わり映えのしない庭なのに、彼女が飽きずに眺めているというだけで、美しい花園に変わるのだ。
 誰もここを通る様子はなく、私と彼女だけの空間。本来なら抱きしめて、一緒に眺めるのだが、今日はすでに躱されている。そのことを考えれば少しくらい彼女を花を愛でるように眺めていても何ら問題ないだろう。
 視線に気がついたのか、どうかされましたかと聞いてくる彼女に、何でもありませんよと答えた。それだけで安心したのか、懐から文を取り出し広げ始める。蛇腹折りのそれを丁寧に広げながら瞳を忙しなく動かしていた。
 揺れるその瞳を追いかけながら気がついたのは、存外に彼女の睫毛が長くまっすぐなことだった。時折伏せがちになる瞳と合わせて睫毛が薄い影を落とす。目元を縁どるようにびっしりと睫毛が伸びていて瞳を瞬く度にひょこりひょこりと飛び跳ねそうだ。
 何度彼女の新しい姿を発見しては愛おしさが増し、大切にしなければと思う。
 兄弟がこのことを知ったら何と言うのか、何となく想像がついた。
 隣ではかさかさと音を立てながら文を畳んでいる彼女がいて、いつものように切り出す。
「文にはなんと?」
「いつもの小言が並んだものです。戦績や、その他実績については文句が出ないものを出している自負がありますので、そこには触れてないですけどね」
 苦笑しながら答えるそれに最後はため息を追加して、憂いを漂わせた。
 私には決して話さないその内容は、彼女が全て飲み込んでその上で指摘されてもし続けてるのだろう。
 美しい花々に喩えても引けを取らない彼女は、時々こうして大胆なこともやってのけるだけの肝が据わった主らしい一面を見せる。
「江雪さんは私がどんな事を願ってもついてきてくれますか」
「貴女が私をおもってくれるのなら」
 そうですよね、なんて言って自信なさそうに笑う姿は先ほどまでの一面を曇らせた。
 きっと、彼女の本質はこちらだ。
 重ねた手のひらを握り締め、彼女の思いに答え続けると誓う。
 それは、触れたら折れしまいそうなくらいか弱そうに見える少女を繋ぎとめなければいけないからだった。

 立つだけ、座るだけでも私を虜にしてやまない隣の愛らしい少女。
 伏せがちにした瞳に作られる長い睫毛の影も全て私だけが知っている特権になった。

2015/05/02

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