買い物があるからと、一緒に連れてきた石切丸は私の服装をみてどこか不満そうに眉を顰めた。ほんの一瞬のことではあったが、彼が本丸に来てからだいぶ月日が経っている。大体言いたいことは分かったが別に気にするわけでもなく、素朴な疑問として彼に投げ掛けた。

「どこかおかしなところでもございましたか?」
「君は着飾るとかはしないんだね」
「……ああ、そうですね。すぐそこですし、めかし込む必要もあまりないかと思いますので、特には」

 いつもの緩めに縛った三つ編みに、お気に入りのリボンをして、派手な柄ではなく小振りな花があしらわれた小袖を身につけていた。今まで困ったこともないという理由で、他の審神者たちがめかしこむような重たい振袖や訪問着となるような着物は不必要だと判断していた。
 年に数回ある式典用に用意されている振袖もあるが、洋装でも構わないという規定からほぼ袖を通したことはないと言っても過言ではない。箪笥の肥やし状態だ。
 今の私には煌びやかな装飾など不必要だった。
 歩きながらちらりと隣にいる石切丸を見遣れば、思いついたように口を開いた。

「君の買い物はこれで終わりだったね。今度は私の用事に付き合ってもらうとしようか」

 そんな風に言われてしまったら私は断るに断れない。きっと彼はそんな私の心情まで見透かして話している。

***

 立ち寄った呉服店で石切丸は私と着物を交互に見て悩みこんでいた。私はそれをそ知らぬ顔で交わしながら、店内に飾ってある簪や蒔絵、櫛、帯止めを見て回る。
 呉服店の主人が丁寧に説明してくれるのを聞いて、どれもこれも素敵なものだと感心した。

「主、ちょっといい?」
「なんでしょう」

 手招きをされて、石切丸の方へ行くと手渡された着物。普段私の選ぶタイプとは違う、少し派手な印象を受ける柄に色だった。思わず手渡されたものだから受け取ってしまったが、こんな高価なものは安々と受け取れるものではない。

「あなたにそこまでしてもらなくても大丈夫です……それに」
「まあまあ、袖くらい通してみようじゃないか。私にもこれくらい役得があってもいいだろう?」
「でも、戻りが遅くなると」
「私がいるから大丈夫さ。それに」

 よりきれいな君をみたいのだが、それではいけないか?と、とびっきり低い声を耳元で囁かれ、柄にも無く赤くなった私は大人しく手渡された着物と一緒に店内の奥へ行くことになった。
 店内の奥で着付けること数十分。店の女将が気合いを入れて帯を締めてくれたせいか、何だか複雑そうな形になっている。気前よく髪飾りまでつけてくれたので、いつもと違う自分に落ち着かない。

「お疲れ様」
「似合わなくても笑わないでくださいね?」

 奥から顔だけのぞかせて言えば、彼は楽しみだと笑う。
 こうなってしまえば、やけでもいいやという気持ちで店内に戻ると、石切丸のぽかんとした表情を見ることとなった。やはり似合わなかったのかと考えたとき、彼は思いもよらぬ言葉を発したのだ。

「他の者にみせるなんて勿体無いな。このまま私だけが見れれば、なんて大人気ないね」
「あ、あの?」
「よく似合ってるよ、きれいだね」

 頬に添えられた手にどぎまぎしながら彼を見つめると、ゆるゆるになった締りのない微笑みがますます深くなる。

「本当に他の奴に見せるなんて勿体無い」

 彼は楽しそうに言葉を紡いでいくが、ここが店内だということを忘れてないだろうか。それでもお構いなしの石切丸をぐっと押しのければ、つまらなそうな顔をするのだ。

「お戯れはそこまでにしてください」

 恥ずかしくなった顔を横にそっぽ向けた。こんなに歯の浮きそうな台詞をだらだらと続けられては、初なこちらの心臓が保つはずがない。
 頭上からくつくつと低く降る声に耳を傾けていると、今度は店主が囃し立てるように話し出した。

「旦那の見立ては随分いいじゃないか。お嬢さん、まけてやるからそれを着ていきな!それに、年頃の娘っ子はそこの旦那みたいなのに、よおく甘えた方が得だぞ」
「あの、その」
「店主もそう話してるし、折角だから着ていけばどうだろうか」

 やんややんやと進む話に戸惑う暇もなく、この試しに着た着物は買うことになった。……こんな素敵な振袖はいつ着ればいいのだろう。
 普段着のようにしょっちゅう着るわけにもいかず、だからと言って全く着ないわけにもいかない。箪笥の肥やしにしようものなら、石切丸の手によってこの振袖は出され、私の目の届く場所へ移動してしまうのだろう。
 諦めて購入をしたはいいが、他の者に叱られないだろうか。無駄遣いはよくないと口酸っぱく言われているのだ。いつもはこのようなことはないが、今のはどうにも断れる状況でもなく、石切丸が出すと言い出したので、主である自分が出すしかなかったというのが正しい状況判断だった。
 呉服店を出る際に、主人と女将二人の見送りを経て、ようやく本丸に向かう。

「君にはその振袖みたいにはっきりした色が良く似合うね」
「あんまり褒めても何もでませんよ」
「知ってる。君の照れた顔が見れるくらいだってね」

 ああ言えばこういうとは正にこのことだ。体温の高くなる感覚に、彼の顔を見ることができない。
 不意に触れた手のひらに掬われる。のんびり帰ろうかと言われて、更にゆっくりになった歩調。

「あとで長谷部に怒られそうね」
「でも、君のこの姿を見たら少しは許してくれるだろうよ」

 日の傾き始めた道を歩き始めた。


2015/06/30

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