傘を忘れた。というよりも、まさか雨が降り出すとは思わず持っていかなかったのが原因だ。
 いくら梅雨の合間に晴れたからといって、そんなに長続きしないのは自分もよくわかっていたはずだが、そんなことを忘れていたのも自分なわけで。
 万屋からの帰り道、仕方なしに私は駆け出した。思ったよりも激しく降る雨は小袖に新たな質量を加えていく。
 ようやくたどり着いた本丸の入口で、軽く袖の水気を切って、引き戸を開けた。
 特に誰かが迎えに来るわけでもなく、この時期だけは下駄箱の上に設置しているタオルに手を伸ばす。私に限らず、この時期はずぶ濡れになってしまう者も多い。
 以前に、びしょ濡れになったまま本丸に上がった和泉守に歌仙が怒ってからタオルを置いているのだ。
 ふかふかのタオルでしっとりと濡れた髪の毛の水気を拭い、小袖に含まれてしまった水分を吸い取りながら框を上がる。もちろん、足は綺麗に拭いてだ。
 とりあえず、このままでは風邪を引いてしまいそうだし、世話好きな刀剣がやかましくやってきてしまうのが予想できた。見つかる前にさっさと自分の自室に向かおうとすれば、後ろからばさりと大きなタオルが私を覆う。
 何事かと振り返ると、見慣れた真っ白な彼がいた。この状態で歩くには迂闊すぎたようだ。

「最近慣れすぎじゃないか」
「鶴丸の驚き、とやらは何となく分かってきたつもりだからね」

 覆ったバスタオルを肩にかけ直してると、隣にまで移動してくる鶴丸。
 不思議そうにすれば、一緒に部屋まで行くと言い出した。仕方なく了承すれば、ずいぶんと機嫌が良さそうな彼は、悠々と歩きだす。
 私の部屋まではさほど距離もないが、拭いきれなかった水分がぽたりと、タオルへと落ちていく。
 肌に張り付く服が気持ち悪い。何の気なしに袂をぱたつかせれば、鶴丸は神妙な顔をした。何か私の姿が珍しかっただろうか。

「どうかした?」
「そういえば君が傘を持たなかったなんて珍しいな」
「外に出た時は大丈夫そうだったの。急に曇ってきたらそのままざあざあ降りってやつ」
「ふーん」

 他愛ない会話をしながら私室へと入る。
 そういえば、鶴丸はこのまま私の部屋に入ってきたが何のつもりだろう。お得意の驚きを仕込んでいたら容赦しないけど。箪笥から新しい服を出していると、鶴丸に呼びかけられた。
 仕方なしに振り向くと、鶴丸は楽しそうな顔を浮かべて私の着物の袂を引っ張った。
 不意につかまれたことで体勢はよろめき、思わぬ込められた力の強さに太刀打ちできないまま身体は倒れ込んだ。

「つ、鶴丸!?」
「黙ってな」

 鶴丸に肩掴まれ、振り返るよりも先にだき寄せられた。驚くよりも先に、触れた先からちりちりと焼けるような熱さがこみ上げて、上手く言葉が出ない。
 身動きを取ろうとすれば、より強まる腕の強さに動揺を隠しきれず、やっとついた言葉はあまりにも稚拙だ。鶴丸は私のタオルを引っ手繰って濡れている髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。くすぐったい動作とともに、羞恥心がこみ上げる。
 こういったのに耐性がない私にとっては、どうにも心臓に悪い。

「こういうのは……その……恋仲の男女が、するもので……えっと……」
「へえ、なら俺と君が恋仲になればいいんだな?」
「そんな簡単に言うもんじゃないでしょう」
「俺では不満か?それに、今の姿は見せたくない」

 お手上げ状態で彼を見上げれば、意地悪い表情をしながらにこにこと話し出す。抱き寄せていた片手がするりと私の顔を撫で、髪を掻き分けながら後頭部へと回る。
 端正な顔が近づき、驚きと羞恥心をない交ぜにして、私をかき乱してゆく。

「こういう眺めも悪くないな」

 彼は私が慌てふためく様を見て、退屈しのぎになると思っているのだ。
 数分後、部屋にやってきた三日月に散々からかわれるとは私も彼も露知らず。


2015/07/22

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