刀剣男士達はみな、主である審神者からの霊力を受け、権限している。彼女に呼ばれた故に、彼女を主とし仕え現身を扱う。
 人の身体とはなんて厄介なものだろうか。ひらけた左の視界に映した少し先の光景を見ながら憂いた。
 彼女の視線は自分ではないものへと向けられている。目線の先を追いかければ、加州君がいた。彼女はそのまま加州君へと声をかけ、渡殿を歩いてきた所を引き止めている。
 何故、彼女のいる方を見てしまっているのか。畑当番で耕す為に使用している鍬を肩に乗せながら、小さくため息を吐いた。
 他の刀剣が見たならば、今僕がしている動作など気にもしないだろう。何たって、一番に気にしているのは僕なわけだ。向こうで彼女が笑っている姿を見る度に、ちくりちくりと痛んでいくこの心の奥は、得体の知れない何かが蠢いている。

「困ったもんだねえ」

 思わず出た言葉に、同じ畑当番に従事していた長谷部君には届かなかったようで安心した。
 今日採れた野菜を抱えながら、廊下を進むとまだ加州と話し込んでいる彼女に出くわす。

「青江お疲れ様。これから厨房?」
「そうだよ。燭台切君が欲しいって言ってたから、早めにと思って」
「そう……。加州、さっきの編成みんなに伝えてもらえるかしら?私、青江と一緒に厨房に行ってくるわ」
「了解。さっきの約束忘れないでよ」
「もちろん。引き止めて悪かったわね」
「いーって、気にしないで」

 今、彼女はなんで言った?一緒に厨房にって何か用でもあったのだろうか。ひらひらと手を振って加州君を見送ってから、彼女はくるりと僕に向き直った。
 美味しそうなお野菜ね、なんて籠に入った野菜見ながら楽しそうに話す彼女。自然と歩き出した彼女を追いかけるように僕も歩き出した。厨房までの真っ直ぐ伸びる廊下を歩き、暖簾をくぐる。
 大した距離でもないし、いつもなら話題に事欠くことないのに上手く話せない。そんな僕の動揺をよそに、彼女は厨房へと足を踏み入れていく。
 遅れて入った僕に燭台切君は気がついてない。調理台の上に籠を置き、それぞれの野菜を分けながら冷蔵庫などの決まった定位置へと振り分ける。僕と燭台切君が作業をする合間、彼女は手伝いつつも、言葉を発することはなかった。僕はそれを眺めるでもなく、同じような動作をする事でしか心の平穏を保つしかない。
 否、それしかできなかったのだ。
 数分後、一息つけそうなところで、彼女が透明な硝子のコップに麦茶を、注いでいた。

「あっついわねー」
「その割に主は汗なんてかいてないよね」
「いやいや、これが暑いのよ。はい、どうぞ」

 燭台切君が和やかに答えながら、麦茶の入ったコップを受け取った。燭台切君の隣で僕はやはりぼんやりとしてしまう。だから、彼女が僕を呼びかけていることにすぐに気がつくことが出来なかった。

「……え、……青江?」
「ああ、もらうよ」
「青江ったら、今日ぼんやりしてるわね。外で大変だったかしら?」
「そんなことないさ。うん、ちょっと気が抜けてしまっただけだよ」

 嗚呼、上手く彼女の目を見れない。目の前の彼女は、すごく心配をしてくれている。それが分かるのに、僕の天の邪鬼で逃げそうな所が邪魔をしていた。
 そんなことをしたって、この気持ちが変わることも揺らぐこともないって分かってるくせに。心の中で、自分を嘲笑うのだ。
 たかが付喪神風情が、人間に恋をする。僕ら刀剣男士は付喪神でありながら人に仕える身。神と呼ぶには弱々しく未熟だった。だが、人とは呼べないのに人型をとる僕らは、神にもなれない中途半端な存在だ。
 僕がちびちびとコップの中の麦茶を飲み干すあいだに今度は燭台切君と彼女が話し込んでいる。彼女は僕以外の刀剣男士との方が楽しいのではないだろうか。近侍をしていた時に、彼女はこんなにも楽しそうにしてくれてのかどうかさえも僕は思い出せなかった。
 それが悔しいと思うよりも先に、身体は動いてしまう。やってしまった時には、余裕の無さがそのまま自信のなさに直結しているようで、気持ちが萎むのがわかった。

「やっぱり、今日の青江変よ。そうだ、私と一緒に来てくれる?」
「いいよ」
「良かったね青江君」

 掴んだ手は彼女が引っ張るようにより強く握り締められ、離すタイミングを失った。厨房を出る瞬間、燭台切君の言った一言に誤魔化しなんて効かないと思い知らされる。
 向かう先は彼女の執務室。刀剣男士たちの部屋から離れた場所に設置されているせいか、辺りはしんとしていた。
 すっと丁寧に開けた襖から部屋に入ると、彼女は戸棚から何かを探し始める。落ち着かない気持ちのまま彼女の後ろ姿を眺め、ちらりと見えた横顔のきれいさに息を呑む。
 こんな気持ち消えてしまえばいいんだ。
 彼女が次に振り向いたその時はなんでもないように笑ってしまおう。

2015/07/29

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