どうして、こうなったのか。審神者は自分の膝の上で健やかに眠る歌仙の顔を眺めながら、何度目か分からない自問自答をした。

 話を遡ること、半刻前のこと。審神者が私室でのんびりと読書をしていた時のことだ。歌仙が部屋を訪れたので自然と通したところ、何やら目の下にはっきりと分かるほどに隈を落とした顔で「眠りたい」と一言告げて、審神者の膝に頭を乗せたのだった。
 ちんぷんかんぷんのまま審神者は彼の頭を膝に乗せておいたわけだが、この状況において審神者と歌仙はそのような関係ではない。主従と壁を作ることもあるが、まったく踏み込まないわけでもなくむしろ、他の刀剣たちよりも互いの主張を言い合える、そんな関係だ。
 そんなこんなで互いに信頼も信用していて、なおかつ互いの私室を行きかう仲なので、他の刀剣が見たところでとやく言われない。それにしてもだ。ここまで密着する機会など一度もなかったし、普段は規則正しい生活を送ることが多い歌仙がだらしなく横になるとは思えなかった。
 横になったらすぐに眠ってしまったあたり、相当眠かったのだろう。今は小さく寝息を立てて眠っている。審神者もすぐに起きるだろうと思い、読書を再開した。

 *

 歌仙が目を覚ますと、昼間のはずなのに暗い影が自分を覆っていると思った。それは膝枕をしてくれていた審神者がうつらうつらと船をこいでいるせいで落としている影で、そんなに眠っていたかと若干の申し訳なさを思いつつ、審神者の手にある本をすっと抜いた。落とさないように必死に掴んでいたが、ぐらぐらと覚束ない手から今にも落ちそうだったのだ。
 ゆっくりと起き上がり、身体を伸ばす。眠る前より幾分かは軽くなった身体にふうと息を吐いた。つい昨晩読書が進んでしまい夜ふかしをしてしまったつけが、まさか午後になってくるとは思わず、逃げ込むように審神者の部屋へ来たのだ。人の身体は扱うのが存外難しい、と顕現して大分経つが改めて思い直した。
 意外と起きそうにもない審神者の顔をのぞきこむ。思ったよりも長い睫毛や、日に焼けていない白い肌、まっすぐに伸びた鼻筋に、と観察しているとぱちりと大きな瞳が見開かれた。はっとして目を覚ました、そういった感じだ。
「おはよう」
「……おはよう、っていつの間に起きてたの!?」
「つい、さっきだよ。思ったよりも快適で眠りすぎてしまった」
「それならいいけど。どうせ歌仙のことだから、読書で夜ふかししたところとかでしょ? なんか顕現したばっかりの頃に眠るのが分からなくて寝不足になってる頃思いだした」
 ふわあと大きなあくびを手で隠しながら、ずいぶんと懐かしいことを言い出した審神者に、ああと歌仙も思い出す。そんなこともあったかくらい、に記憶はあいまいになっていた。
「それよりもさ」
 審神者がやや言いにくそうに歌仙へ問いかける。
「何で、私の膝だったの。別に寝るなら、自室でもよかったじゃない」
「そうだな。君の部屋が近かったというのと、ちょうど目に入ったんだよ。ああ、そういえば膝枕は親密な関係でこそするようなものだったね」
 歌仙としては別におかしいわけでもなく、当たり前のような動作でしたせいだろう。その証拠として、審神者が困ったような表情で問いかけたのだ。普段は竹を割ったようなさっぱりとした性格なのに、時折いじらしい顔をのぞかせる。実は歌仙の前でしか見せないのは審神者自身も気が付いていない。
 歌仙はあと一押し、と思って言葉をつづけた。
「君はなかなか気がつかないようだから、もう少し分かりやすく話そうか。他の刀剣たちは僕らの関係を勘ぐっているものもいるそうだよ。どうせならこのまま勘違いしてくれればいいんだけどね」
「ちょっと、ちょっと、今日はいきなり何なの?」
 困惑気味に返す審神者に歌仙はにこやかにほほ笑む。歌仙の気は長い方ではない。いい加減、察してほしいところだ。審神者の手をぎゅっと握りしめ、どうしようかと続けてみる。ますます混乱する審神者に歌仙は優しく言う。
「僕の気は長くないからね。なるべく色よい返事をまっているよ」
 そこまで告げて、さらにぽかんとした審神者に歌仙は苦笑した。

「本当に君を落とすのは骨がいるね」

 審神者が気がつくのはいつのことやら。



2015/10/24 → 2016/4/6加筆修正

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