歌仙さんは私の姿を見て顔を顰めた。何が彼の琴線に触れてしまったのか。私は玄関先で引き留められ、立ち往生していた。
「歌仙さん、私行きますよ?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「……もう、何回目だと思ってるんですか」
 余裕を持って時間をとったつもりが、今のままでは約束に遅れてしまいそうだ。
これから、同時代での出陣をしている審神者たちの会議に参加しなければいけない。今回、集合場所が特殊な場所にある為、刀剣を連れていくことが出来ないのだが、ここで歌仙さんに引き留められても困るのだ。
 偶には、と思って付けた髪飾りが頭を下げるのに合わせてしゃらんと垂れ下がる。これはこの間加州くんと一緒に万屋に行った時に選んでくれたやつだ。主に似合うよ、と笑ってくれたから買ったし、今日付けてみたわけだけど。
 不規則に耳元で揺れる髪飾りが視界にちらちらと移り込む。歌仙さんはまだ、口を開こうとしない。
 歌仙さんとこの押し問答をかれこれ十分はしている。いい加減にしないと本当に会議に遅れてしまう。
「本当に言いたいことあるなら言ってください。会議に遅れてしまいます」
「君は……」
 わけに歯切れの悪い滑り出しで始まった彼の声。俯いていた顔を上げると、目の前にいる歌仙さんは、少し不機嫌そうだ。
「僕が、行って欲しくないって告げたら思いとどまってくれるのかい」
「え?」
 突拍子もない言葉にぽかんとしてしまう。何がどうすれば、このような事態になるのだ。
 ふう、とゆっくり溜息を吐く歌仙さんは目を瞑る。私には自分自身を落ち着かせようとしているように感じられた。
「小綺麗にするのはいいと思う。いつもそれなら僕も文句を言わなかったさ」
 努めて冷静に話していることは理解できたが、言葉の端々から気に食わない、そう言われているようだ。言葉尻がいやにいつもの口調だったのが拍車をかけている。
「ん? うん?」
 思わぬ方向へと進んでいく内容に私は戸惑いながらも相槌をする。
 未だに瞳を閉じたまま、つらつらと話す歌仙さん。
「でも、それが僕ら刀剣達誰もいないところへ行く時にだなんて君は困った人だ」
「ちょっと、服装くらいで我儘言わないでよ」
 私は呆れてしまいそうになるが、それよりも歌仙さんが首を横に振りようやく開けた瞳は剣呑な色を宿していた。このままでは、歌仙さんのペースに乗せられっぱなしだ。何とか言い返そうにも、歌仙さんの方が何枚も上手だった。
「仕方ないな。君が行くのは義務だから許そう。ただし、僕の言う事をきちんと聞くんだよ」
「……わかったわ」
 時間がない、というのは言い訳だが、確かに時間がないので歌仙さんに先を急かす。私の了承を歌仙さんは良しとしたのか、ふふ、と笑って思い切りのいい爆弾を落とすのだ。
「僕は君が好きだ。そんな綺麗は格好はどうしようもなく引き留めたくなる。 返事は、君が帰ってきた時に聞きたい」
「あ、あの、歌仙さん……?」
「本気だよ。虜にしたのは君なんだから、僕はちゃんと君から聞きたい」
 楽しそうに続ける歌仙さんは、私がしどろもどろになる様を見て面白がっている。嵌められている気がする。
 こうやって彼は私を上手く丸め込むつもりなのだ。
「もう、歌仙さんの馬鹿!会議に遅れちゃうから行きますね!」
「ああ、いってらっしゃい」
 会議の内容なんて、これっぽっちも入りそうにもない予感がした。
 火照った顔がまだまだ熱くなるのは、私もそういうつもりなのかと疑いながら、でもと言い訳を考えている。勢いで飛び出てしまっては後に戻れない。

 数刻後、本丸に帰ったら祝杯ムードになっていたのは言うまでもなく、私は萎れそうになった。でも隣で蕩けそうに微笑む歌仙さんを見て思わず零れ落ちた言葉に、そうだったかと自覚するのだ。

 2016/4/6加筆修正

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