※ユイノウカッコカリ的な話



 絆を深める方法に結納を執り行うというのがあるらしい。時の政府が新たに打ち出した対歴史修正主義者対策だった。実際に結納をしなくとも、形式的なものでもいいらしい。その名もユイノウカッコカリ。カッコカリということで、カジュアルさを演出しているつもりなのか。とにかく審神者が心から信頼している刀剣男士と交わすことが一番効果的だそうだ。
 歴史修正主義者への対策としては、対抗できる刀剣男士たちの戦力増強という点では効果的であるが、精神的にはどうだろうか。審神者も刀剣男士も時の政府に振り回されているだけなのでは、と考える審神者も少なくない。
 私自身とても迷っている。やらずとも良い任務であり、遂行したからといって報酬が発生するわけでも、評価が高まることもない。観察対象にされるだけなのでは、と思うとそういった形で自分が刀剣男士たちを巻き込むのは違うような気がした。
「新しい任務かい?」
 部屋に呼びつけたのは、初期刀であり現近侍である歌仙兼定だった。私の手元にある封書をみて聞かれるのは任務のことで、時の政府からは大概封書で来るのだ。
 歌仙さんに私の持っていた紙切れを渡すととたんに訝しげに眉間を寄せた。
 彼が何か言葉を発するよりも先に私は自分の意見を述べることにした。
「新しい対策だそうです。……そうですね。特別やる必要もないので、今回は見送ろうと思ってます」
「ふーん。……ユイノウカッコカリ?あんまりいい言葉じゃないね」
「歌仙さんのことだから、どうせカッコカリが気になったのでしょう?」
「そうだね。結納というのはとても大切な意味が込められているのに、それを仮初という衣に着せるとは、時の政府というのも信用におけないな」
 戦力増強以外に何のメリットもないのだ。果たしてこの形式的な儀礼をもってして意味があるのか。初めて文書を読んだ時から脳内を行ったり来たりしている。信用も何も時の政府なんて最初から全てをゆだねられるような存在ではなかった。
 しかし、私としては別の意味でも項垂れる結果となった。彼にとってやはり、意味が無いと思われている。それだけでも打ちのめされるのには充分だった。
 その任務の依頼の紙切れなんて破り捨ててしまおう。そう思えば早かった。
「歌仙さん、その紙貸してください」
 素直に手渡された紙を勢いよく縦に破く。さらに細かく破り、屑籠に放り込んだ。
「こんなの、意味がありません。それなら、破り捨ててしまった方がいいでしょう?」
「おやおや困ったねえ。てっきり僕は君からこの話の打診をされるかと思ったんだけど……」
「いや、歌仙さんあなたさっき、全然乗り気ではなかったですよね」
 思わぬ展開に面食らう。どうして、すぐに言ってくれないのだろうか。正座した膝に爪が食いこむほど拳をきつく握りしめた。
 私が彼に抱いている思いと、彼が私のことを思う気持ちとは少しズレが生じている。簡単に通じ合えるほど平坦な道ではない。同じような姿をしていながら、本質は何も似ていない存在だ。
「君はそれを捨てて、政府に反旗を翻すつもりなのか。それとも、別の道を思いついているのかな」
「……私は、簡単に貴方がた刀剣男士をただの武器とも兵器とも思っていません。それに、簡単に決められるほど私は出来た人間ではないので、戦力増強の為だけに巻き込めないんです。審神者としての覚悟はとうに決めていたのに、これだけで私は揺らぐんです」
 簡単に巻き込める程の内容ではない。それこそ、私が主である限りつきまとう嫌な縛りものだ。
 ユイノウカッコカリなんて響きすら、嫌になる。決して本物にはなれぬと言われているようだった。
「君は僕の主で、一番初めの刀剣で、付き合いも長い。君のことは何でもわかっていたつもりだけど、こうにも鈍いとさすがに抑えが効かなくなりそうだよ」
 困った顔をして言う歌仙さんに私はすぐに返すことができなかった。確かに私と歌仙さんの付き合いはどの刀剣よりも長い。それだけに、私は彼に言えないことが出来てしまった。心苦しいよりも、伝えたら今まで築きあげた全てが壊れてしまうのが嫌だ。
「まあ、戦力増強というだけなのは頂けないけどね。僕の主は君だけなんだ。この誇り高い之定を選びとった君となら縁を結んだって構わないさ」
「そんな、簡単に決めていいものでは……」
 それは親愛であり、信愛だ。彼がかける愛情と私の向ける愛情はやはりベクトルが異なるのだ。
 たかが、仮初の儀礼に私はこんなにも動揺している。一番に信頼を置いている初期刀がいいと言ってくれてもまだゆらゆらと決められずにいた。手元に置いた湯のみはとうに冷えている。冷えてしまった緑茶を口に含んでから、また考えてみた。
「悩む君に僕から一言渡そう。それで君が頷くも弾くも自由だ」
「……わかったわ」
 息を呑んで待つ私とは違い歌仙さんは優美に微笑む。
「仮初ではなく本物にしよう」
「えっ?」
「わざわざ仮初の縁を結ぶくらいなら、いっそ本物にしようってことだよ。君の白無垢姿は綺麗だろうね……。 で、君の答えはどうかな」
 相変わらず微笑む歌仙さんを見れば、私は大層情けない顔をしていたに違いない。
 声に上手く出せず、彼の手の平に自分の手の平を重ねるだけが精一杯だった。
「僕の可愛い主は君だけだよ」
 耳元で囁く歌仙さんが嬉しそうな顔をしていたから、私も思わずつられて微笑んだ。

 2016/4/6加筆修正

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