新年の挨拶回りに行くということで、大広間に姿を現した主はいつも洋装ではなく、振袖姿だった。華やかな花柄に品の良い深緑の地が主らしく似合っている。
 大広間にはすでに本丸にいる全刀剣が揃っており、新年の挨拶をしようとするところだ。普段ならしないような格好で歩きにくいらしく上座に向かうまではゆっくりだった。主が進んでいくと段々と賑やかだった広間が静かになっていく。
 挨拶をするといっても、昨日の晩から続いた宴会のおかげで半分は酔っている。主はそれほどお咎めもしないらしく、着席してから深々とお辞儀をした。
 顔をあげ、真っ直ぐと全員を確認してから口を開く。
「あけましておめでとうございます。本年も皆さんからお力添えいただけますよう、宜しくお願い致します」
 引き締まった表情で述べた主の姿に、酔いのまわった刀剣も真顔になる。凛としたたたずまいに息を呑むものもいた。
 この時折見せる、主の主らしい姿は上に立つ者としての威厳がある。僕はそんな主が誇らしいし、この審神者に呼ばれて良かったと思っている。
 挨拶は手短で、主は朗らかに言う。
「私は少し席をはずしますが、今日は戦いのことなど忘れてゆっくりしてくださいね」
 主の言葉に、一瞬静かだった大広間はあっという間に喧騒を取り戻した。主はすぐに立ち上がると、部屋を出て行こうとする。僕は慌てて彼女の後姿を追いかけた。
「主、一人でどこへ行く気だい」
「……ゆっくりしてって言ったばかりなのに」
 困った人ね、なんて笑う主にその言葉をそのまま返したかった。大事な用があっても、案外この主は誰の手も借りずにこなそうとするきらいがある。頼まれれば嫌な顔をする刀剣はいないのにだ。
 羽織も着ているし、すぐにでも出かけるのだろう。振袖に合わせた色合いの巾着を手にし、逆の手には見慣れた端末を持っていた。
「君が新年早々から仕事に行くのに、僕を置いていくなんてひどいじゃないか」
「だって、行くのは顔なじみの審神者さんや先輩と政府高官のところなんだから、一人でも大丈夫よ」
「行く道中に何かあったどうするつもりだい」
「そのための端末でしょう?」
 主は危機管理能力が低い。いくら時の政府が作った通路から向かうにしても、奇襲がないとは言い切れない。それなのに一人で十分とは、随分と浅はかだ。
「何の為の近侍か、君はわかっているのか甚だ疑問だ」
「せっかくのお正月くらい貴方も含め、みんなには休んでもらいたかったの。……それでは駄目かしら」
 困った顔をして言うくせに、きっと何一つ僕の心配なんて分かっちゃいないのだろう。どれだけ僕を心配させれば気が済むのか。
 呆れてすぐには言葉が出ずに、溜息が洩れた。
「全く……。折角だし、僕も一緒にいこう」
「だから、私の話聞いてた? 歌仙ってば本当に頑固ね」
「君が危なっかしいことしなければ僕だってこんなこといちいち言わなくていいんだよ」
 主はようやく観念したのか、再び歩き始めた。いつもよりゆっくりな歩調に合わせて、主の髪飾りが揺れ動く。小さく、しゃらんと鳴らす音は、普段の主だったら聞けそうにない。
 きちっとした装いをすると大分化けるものだな、と感心した気持ちと、誰かに奪われたりしてしまわないだろうか、なんて僕の中にある悋気がちらりと顔をのぞかせる。
 玄関までたどり着いてから主がしゃがみにくそうにしているので、草履をだしてあげて、手を差し出すと主はとたんにびっくりした表情に変わっていく。
「え、あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「……こうなるから、一人で行きたかったのに」
「え?」
「なんでもない」
 主の小声に僕は聞き取れず、間抜けな返事を返してしまった。不機嫌に言葉を返した主の様子が気になって問い詰めても、教えてくれない。
 でも、耳が赤いのを僕は見逃さなかった。
「ふうん、こんなに真っ赤なのにね」
「もう、そういうことは放っておいていいの」
 澄まし顔で、何でもないように取り繕っているのだろう。主は案外顔に出やすいし、ころころと変化する表情が可愛いのだ。
「さあ、行こうか」
「ええ。ねえ、歌仙」
「なんだい」
 柔らかな笑みを浮かべた主は、冬の陽光に照らされてきらきらと眩しい。それとも、僕の目が可笑しいのだろうか。この瞬間が穏やかで壊してはならない、そう感じたのだ。
「私のお願い聞いてくれる?」
「僕が了承できるなら」
 何の脈絡もなく告げた主の言葉に、愉快なことが始まりそうだ。新年最初のお願いは果たして僕は叶えられるものだろうか。
「多分大丈夫よ。……私は主としてまだまだだから、きっと今年も歌仙には沢山迷惑をかけるかもしれない。それでも、歌仙は私の隣にいてくれるかしら」
 恥じらいつつ、それでも意を決したかのような物言いに僕のことは決まっていた。本当にはじめからそのつもりなのだ。今更願い下げだと言われても、撤回するなんてありえない。それは主が僕を選んだ時から決まっているのだから。
「愚問だよ。そのための僕じゃないか」
「ありがとう。今年もよろしくね」
「こちらこそ」
 同じ歩調で進み始める。
 さあ、今年も君の隣で何をして過ごそうか。


2016/01/03

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