友人が博物館やら美術館に興味があって
成り行きで来た博物館。瞳をきらきらとさせて、潜めた声ではしゃぐ友人はいつもの十倍くらい生き生きとしていた。
 私はといえば、さほど興味がなくただただ眺めるだけだった。

 展示室で、真ん中に設置された特別展示で出ていたのは刀だ。何気なく見つめていると、何か分からない、引っ張られる強さにつられるようの、一番前まで突き出されることになった。
 何の変哲もない刀。魅入られるように見ていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『これは、不思議だね。僕のことがわかるみたいだ。ずっとしまわれてたからかな? どうやっていればいいのか忘れてしまったよ』
 楽しげに響くテノールの声は、どうやら私以外には聞こえてないようだ。うっとりしてしまうような、かっこいい声だとは思ったが、私の他に誰も聞こえてない事実が妙に気持ち悪かった。
 戸惑う私を見透かしてるのか、声の主は困った声音で話し続ける。
『ごめんね。つい、楽しくて色々話してしまいそうだ。君のことは引き止められやしないのに』
 困っているだけでなく、この声はどことなく寂しそうだ。
 きょろきょろと辺りを見回してみて、さほど周りに人がいないことを確認し、私は彼の声に答えることにした。一番最初に聞こえた時より、気持ち悪さが少しなくなっていた。
 できるだけ声のトーンを抑えて聞く。
「あなた、寂しいの?」
『……! そんなことはないと思ったけど、どうかな?』
「さあ。声しかわからないから私がそう思っただけ。……また、会えたら声をかけて」
『ありがとう。君とはまた何処かで会えそうだよ』
「またね」

 これが私と燭台切光忠という刀との出会いだった。


 数年後、私は歴史修正主義者に対抗しうる能力を有することが国の調査で発覚し、審神者なる者に抜擢された。そこで知ったのは顕現させるのは、刀ということだった。思いもよらぬことに、私は学生時代のことがよぎる。
 もし、この手であの刀を呼び起こすことが出来るのなら?
 それは、すぐに証明されることとなった。本丸を受け持ち、審神者同士との交流をする中で知ることとなる。
 燭台切光忠という刀の付喪神の顕現例あり。それだけで私は嬉しくもあり、一抹の不安もあった。
 また、会えるのなら話したいと思っていたのだ。あれ以来、あの博物館に行くことも、何処かでの特別展示に行くことはなかった。
 怖かったのかもしれない。何て声を掛ければいいのかわからなかった。そもそも、私のことを覚えてなかったらと考えたら自然と足が遠のいた。
 ため息を吐いたところで、隣にいた蜂須賀がため息はよくないと嗜める。
「どこか気に止むことでもあったのか?」
「ううん。鍛刀しようか」
 私の本丸では、まだ戦力増強が当面の目標だ。資材を設定し、お願いをすればタイマーがいつもは見たことない長い時間に驚く。
 事前に聞いているものなら、確か刀種は太刀。どくり、心臓が脈打つ。
 桜が舞って顕現したのは──


***

「ほら、主。起きるんだよ」
「あと五分……」
「じゃあ仕方ないね、今日のおやつは抜きでもいいんだね」
「……っ!? ちょっと、耳元で言わないで!」
「なんのことかな?」
 起き上がり、耳を押さえつつ言うも、飄々とさっきのことを否定する燭台切光忠は、罪悪感など微塵もみせない。
 あの時顕現したのは、燭台切光忠だった。自己紹介のあと、ガっと肩を掴まれたのは記憶に新しい。彼は思ったよりも世話焼きだった。こうして、毎日寝ぼすけな私を起こしに来る。最近はだんだんと起こし方が可笑しくなってきている気がしなくもない。
 手を引かれ、洗面台へと連れていかれるのも慣れてきた。
 準備を進めれば、どうやら朝餉には今日も間に合いそうだ。
「光忠」
「どうしたの?」
「私のこと覚えてくれててありがとう。あなたにまた会えてよかった」
「うん、僕の方こそ呼んでくれてありがとう」
 にこりと微笑む彼に寂しさは見えなかった。私も彼も、再会出来たことに感謝しているのだ。

「こんなにかっこいいなんて聞いてないんだけどなぁ……」
「ん?」
「なんでもない」

 誤算があるとすれば、燭台切光忠がかっこよすぎたということくらいだ。



2015/12/14

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