朝目覚めた一番に見る空は、いつの間にか空気が澄んだ濃い青空ではなく、淡い青色になっていた。この時期はまだ涼しいものの、見上げた空の色が変わっていたことに驚く。それから、遠くに見えていた空が少し近づいていた。いつも見ている景色のはずなのに、だんだんと季節は移り変わっていて、またこの季節がやってくるのか、と思う。
 私が審神者に就任したのは夏の盛りで、陽炎揺らめく砂利道を歩いた先にある本丸へと足を踏み込んだ日が懐かしい。みーん、みーんと鳴く蝉の声。もくもくと縦長にそびえる真っ白い入道雲。知っている光景が一変して、私は審神者になったのだ。
 初夏の陽気は気持ちよく、腕を上にあげ、背伸びをしていると横から声がした。よく知っている、あの真っ白い刀剣男士だ。

「なんだ、君も早起きか?」
「鶴丸、おはよう」

 縁側で空を見上げていると、朝の早い鶴丸が通りすがる。朝の目覚めがいいらしく、あまり眠そうには見えなかった。

「たまには早起きしてみたんだけど、してみるものだね」
「そうだな。俺なんか毎日この時間には起きているぞ。これも慣れればたいしたことないぜ」
「へえ。鶴丸はなんでこの時間なの。朝ご飯まではまだ早いでしょう?」
「山姥切が教えてくれたんだ。この時間は人も少ないし、意外と落ち着ける」

 意外な答えを言った鶴丸に渡しはびっくりしていると、知らなかったのか、と鶴丸も意外そうな顔をした。いつも驚かす側の鶴丸のこの表情は珍しいかもしれない。

「国広君? そういうタイプだっけ?」
「以外と早起きだぞ」
「へえ。どこにいるか知ってる?」
「たぶん、庭にいるだろう」
「そっか、ありがとう」

 鶴丸にお礼を言って私は、下駄をつっかけて外にでた。
 庭、といってもそれなりに広さがあるので、いったいどこにいるのか検討もつかない。とりあえずはぐるっと庭を一回りすることにした。
 桜の木がすでに葉桜で、青々とした柔らかい葉をつけて、朝のそよ風に揺れている。菖蒲の花が咲いて、庭に彩りを添えていた。ぼんやり、眠気覚ましに体を伸ばしながら歩いていると、木蓮の木の下に腰を下ろしている国広君は発見。

「おはよう」
「・・・・・・ああ。誰から聞いたんだ?」
「あれ、バレちゃったな」
「今まで俺を訪ねてこないんだ。わかるだろう」
「国広君って私のこと結構みているよね」
「たまたまだ」

 ぶっきらぼうに返答する国広君。いつまでたっても、彼はなかなか私の言葉を飲み込んでくれない。理解はしているはずなのに、今一歩踏み込まないのは彼の性格故のことだ。気にはしていないものの、苦笑するしかない。

「あ。そういえば、国広君の瞳って、今日の空みたいだ」
「何が言いたい」
「そのまんま。夏に近づく青色ってまた違う顔をしていて、きれい。国広君の瞳は秋や冬の澄んでいる空よりも、人の息づかいが伝わったぬくもりのある初夏の青色っぽいな。私はそっちの方が似合ってるって、思ったけど、もしかしたら私だけかもね」
「アンタがそういうなら、いい」
「なら良かった」

 朝の空は雲一つなくて、夏の空を連想させる。色がはっきりと私の瞳に映し出して、白い雲が出てくれば自然と国広君の顔が思い浮かんだ。夏は強すぎるけれど、国広君の瞳は、口に出す言葉とは異なり、揺るぎない光を宿らせている。誰よりも力強くて、まっすぐで、私は好きだ。
 国広君に直接言うとそっぽ向かれてしまうからなかなか言えないけれど、彼は言葉よりも瞳で訴えている。それを見逃さないのが私の役目だし、私と国広君の関係にふさわしいと思っていた。

「ねえ、国広君」
「なんだ」
「私はたぶん、君のことはよくよく知っているつもりだけれど、間違っていたらちゃんと教えてね。国広君は私に多くは言わないけれど、ちゃんと意思がはっきりしているのを知っている。私は国広君のことを一番に頼りにしているから、それだけ理解してくれたら嬉しいな」
「・・・・・・全部言うかはわからない」
「いいよ、それで。国広君が今言ったことを気に留めてくれれば」

 にこりと微笑んで、国広君と目が合ったかと思えばそらされてしまう。
 まあ、それも国広君らしいなと思い、私はその場を後にした。朝の風が凪いだ国広君のほっかむりが翻った。

「ほら、やっぱり私のこと、よく見ているよ」

 小さくつぶやく。声は風に流されて届いてない。けれども、なんとなく通じてしまうのだ。それがとても心地よかった。


2016/05/18

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