※現パロ注意※

「今日も可愛らしいね」
「ありがとうございます」
 地元の慣れた美容院にやってきた私を出迎えたのは、いつもカットをしてくれる歌仙さんだ。この美容院に通い始めた頃からずっと担当をしてくれている人。あまり美容院は得意じゃない私がリラックスできるように、穏やかな口調で話してくれる。必要以上に質問をしてきたり、立ち入ってくるようなお喋りじゃなくて、地元の景色とか、最近あった面白いこととか、私自身の話をする必要がなくて通い続けても苦じゃない。もちろん、カラーもカットも丁寧で、思った通りにしてくれる、美容師としての腕も確かな人だ。
 今日、美容院へ来たのは私が髪を切りたいとか、色を変えたいとかではない。先日歌仙さんにカットモデルをしてくれないか、とお願いをされたからだった。カットモデル、と言われた時はどうしようかと悩んだ。美容院のカットモデルといったら、広告塔みたいなもので、プロのモデルさんにお願いするものではないかと思っていたからだ。
 率直なことを歌仙さんに聞いてみたら、うちのお店じゃ難しいんだよ、と苦笑しながら言われた。それでも、ハードルが立ちはだかる背の高い壁のように思った。
 それに、新しいカットの練習とかそういうものではなくて、お店のカットイメージに使うそうで、HPにはのらないけど、お店の見本用に使う写真にする、というものだった。
 とても悩んだけれども、歌仙さんはお願いできるのは君しかいない、と言われてしまい、慣れた美容院だという善意から私は承諾したのだった。
 お店の奥の席に案内された私はいつもより緊張しながら席についた。カットモデルって何をするのだろうか。頭の中には大量の疑問符が出てきたが、歌仙さんならきっと素敵にしてくれるだろう。彼にお任せして気に入らないことは無かったのだ。
「今日は僕の為にわざわざ来店してくれてありがとう」
 歌仙さんは柔らかく微笑む。
「早速だけど、カットモデルの説明をするよ。今回は、お店の見本用だから最後に写真撮るけれどいいかい」
「はい」
「じゃあ、始めよう。仕上がりはこんな感じにする予定だよ」
 歌仙さんはタブレッドで見せてくれた。たぶんファッション関係のサイトからひっぱてきた画像だ。ミディアムぐらいの女の人が笑っている。毛先が内はね外はねが入り交じっていた。
 自分に似合うのか不安だなあ、と思ってしまった。
「不安?」
「……そうですね。あんまりイメージつかないというか、もっと今時ファッションする女の子がしてそうだなあって思って」
「写真だとそう見えるけど、君の好みはダークカラーだし、こんなに強くパーマはかけないよ。もっとゆるめにかけて、ワックスで軽く整えるよ。カラーはこんな感じでどうかな? 夏だし、明るすぎるよりはアイスカラーにしても涼しく見せれるし、秋になればアッシュカラーにもしやすいと思うんだ」
 歌仙さんは話ながらタブレットで、カラーのイメージの写真を見せてくれて、次の季節に向けてまで考えてくれていた。
「毛先は少し傷んでいるし、表面をカットするくらいで平気かな。髪の毛伸ばしている最中だったね」
 歌仙さんは私の後ろ髪を手にとって確認している。長さが変わらないなら安心だ。
「お店のお客さんで明るすぎるカラーにする人が少ないから、うちに合うダークカラーの仕上がり見本を出したくて、今回お願いしたんだ」
 私が百面相していたのが面白かったのか、くすくす笑いながら歌仙さんはカラーの準備を始める。カラーは先月したけれど、少し落ちてきているし、ちょうど良かった。以前、明るくした時、歌仙さんはあんまり納得してくれなくて、君にはもっと似合う色で楽しんでもらいたいと言われたことがあったが、その時は彼の言う通りにすれば良かったなあって後悔したことがある。結局、すぐ髪色を戻したのだ。それ以来、私は歌仙さんの意見を聞いとく方が良い選択ができると学んでいた。
 だから、最初は不安だったけれど歌仙さんが事細かに説明をしてくれたので、カラー剤が髪の毛につけられる頃には安心していた。
「そういえば、お客さんにカットモデルをお願いすることってあるんですか?」
「したことないね」
「したことないんですか!?」
 思わず声も大きくなる。歌仙さんはさらっと言いのけて、淡々と作業をこなしている。
「大体はスタッフでするんだけど、今回はどうしても君にお願いしたくてね。承諾してくれて嬉しいよ」
「むしろ、私なんかで良かったのでしょうか?」
「もちろん。今やっている髪型は絶対に似合うよ。ずっと担当している僕が言うのもどうかと思うけど」
 歌仙さんは断言してくれる。私がお客様だから言ってくれるのだろう。
 カラーを付け終わるといつものように飲み物を聞かれる。アイスティーをお願いすると別の方が目の前に雑誌を置いていく。やってきたのは珍しく、燭台切さんだ。いつもお客さんの対応をひっきりなしにしているのに、雑誌を置きにくるなんて珍しい。
「歌仙君のカットモデルしてくれるんだって?」
「あ、はい」
「君をとびっきり可愛くしてくれるから安心してね」
「歌仙さんのカット好きなので楽しみです」
「そっか。それなら大丈夫だね」
 にっこりとした燭台切さんはすぐにその場を立ち去って、三席ほど隣のお客さんのほうへ戻っていく。余談だが、このお店の中では燭台切さんの笑顔はキラースマイルらしい。燭台切さんを初見の方は大概落ちるのだとかなんとか。
 カラーが終わってから今度は鋏で痛んでいるところ簡単に切ってくれた。
「ゆるいパーマだから、今日まとめてしてもいいかい?」
 普段ならカラーとパーマは一緒にしないのだが、それほどダメージが少ないのだろう。私が頷くと歌仙さんは次々に準備をしていく。
 パーマのセットをしている間に歌仙さんは、写真の構図の説明をしてくれた。
「3カットはお願いするんだけどいいかい? 正面、横、後ろの3カットで、写真は別の人が撮るけど、上手いから安心してくれ。宋三、来てくれ」
「なんですか」
 しゃんなりと歩きながらきたのは、宋三と呼ばれた人だ。私はここへ長く通っているけど、初めて見る顔だ。
「彼が今日、君のことを撮影してくれるカメラマンさ」
「歌仙、気が早くないですか? ……よろしくお願いします。この人、随分悩んで貴女の髪型決めてましたから、仕上がり楽しみにしててください」
「宋三それは言わない約束だったじゃないか」
「さあ? そんなこと言ってましたっけ?」
 くすりと笑った宋三さんはお店の奥へと戻ってしまう。歌仙さんが恥ずかしそうに、すまないねと言って謝るけど、きっと気の置けない人なんだろうなと思った。
「でも、仕上がりは楽しみにしてくれていいよ」
 絶対的な確信を持って言う彼に、楽しみですと答えたのだった。

 全ての行程を終える頃には、お客さんは私以外はいなかった。妙にすっきりと片付けられた店内には照明機材が増やされている。
 私がそれを眺めていると、歌仙さんがやってくる。
「やっぱり、君によく似合っているね」
「ありがとうございます」
「ふふ、君がお客様だからじゃなくて、本当に似合ってるから言ってるんだが、本気にしてないね」
「あの、それは……とても有り難いお言葉すぎて」
「僕は君のこと自慢したくてしょうがないよ」
 べた褒めしてくれる歌仙さんに戸惑っていると宋三さんが抑揚の少ない声で撮りますよと合図をした。歌仙さんはその言葉にすっと私から離れる。
「貴女は適当にリラックスしててください。……正面を撮る時は言います」
 宋三さんはカメラのレンズを覗き込みながら言う。私が素直に頷くと、少しだけ宋三さんの表情が柔らかくなる。ほんの一瞬だけ、目尻が下がった。
 宋三さんは宣言通り、全然何も言わないまま写真を撮っていく。時々、照明を調整しながら、正面にくるとむっつりと私の顔を見た。
「何かありましたか」
 無言のまま覗き込まれ、もしかして彼は私が気に入らないのだろうか。だとしたら、変えてもらったほうがいい気がしてしまう。
「いや、歌仙が随分と気に入っているのは珍しいなと思っただけです」
「歌仙さんは優しいから、ああに言ってくれるんです」
「はっ、まさか。あの人、気に入らない客は口なんか聞かないですよ。ましてや、女性客をべた褒めしている姿なんて初めて見ました」
 歌仙さんがそんな対応するなんて信じられない。
「宋三さんがたまたま見ただけじゃないですか」
「……まあいいです。少し微笑んでください。明るい表情が欲しいので」
 宋三さんは意味深な言葉を言われたばかりなのに、笑って欲しいと言われる。彼の言葉は気になったけれど、注文どおりの表情をすると無言で数枚写真を撮っていく。
 再びぐるりと一周して撮り終えると、宋三さんはお店の奥へ行き歌仙さんと戻ってきた。
「終わりました。それから、歌仙、彼女の隣に立ってください」
 有無を言わせない声に歌仙さんは何も言わずに私の隣にくる。
「歌仙、適当にセットしてください。僕はその風景撮りますから」
「そのカットは不要だろう」
「サービスですよ、サービス」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる宋三さんに、歌仙さんはセットをする為に必要なものを近くに寄せた。
 鏡に写る歌仙さんはいつもの真面目な表情でこなしていく。時々私に話かけてくれて、撮影しているのを紛らわせてくれた。
 そんな姿に私はやっぱり、宋三さんの言葉は嘘じゃないかと思うのだ。
 撮影が終わるとお店のスタッフさんが皆さん出てくる。ここに通ってだいぶ経つから今更の感想だけど、ここのスタッフさんイケメンが多いんだよなあ。それに比例して、女性のお客様も多いし、腕もいい。だから、本当に私なんかが見本になってしまっていいのか不思議に思えるのだ。
「お疲れ様! これはお店からのお礼。良かったら使って」
 燭台切さんから渡されたのは、シャンプーとトリートメントのボトルだ。試供品じゃなくて、ボトルに驚いていると、大丈夫って言ってくれる。無料でしてもらって、こんなものまで戴いてしまうとは、お礼をどれくらい言えばいいのやら。
「それから、歌仙君は彼女に言うことあるんじゃない?」
 スタッフさんは一様に歌仙さんに顔を向ける。なぜか最後まで丁寧に対応してくたのに歌仙さんは一番後ろに引っ込んでいたのだ。
 歌仙さんは無言で前に出てきて、燭台切さんの顔を一瞥した。
「光忠、このことは忘れないからな」
「そんな怖い顔しないでよ。彼女びっくりしちゃうでしょ?」
 歌仙さんは私の顔を見るときはすでに穏やかな表情だった。歌仙さんは困ったように私を見てから、耳元でささやく。
「今日はありがとう。それから、可愛いっていうのはお世辞じゃない。君以外にこんなこと頼まない」
「え、あの」
「歌仙くーん、早く言っちゃいなよ」
「そうですよ。男みせてください」
「君らは黙っててくれ! 順番があるだろう?」
「なんだ歌仙、告白の一つもできないのか」
 周りが言いたい放題に言うので、さすがの私もこれが本気なんだと気がつく。本当に、可愛いって言ってくれていたのか。彼が嬉しそうに言っていた姿や、髪型をセットしてくれたことを思い出して、急に恥ずかしくなってきた。
「すまない。もっと、色々考えていたんだ。……その、嫌でなければつきあってくれないだろうか」
 しゃがみ込んで同じ目線になった歌仙さんは真っ直ぐみて言う。私はあまりの急展開に驚きながら、頷くのがやっとだった。頷いた瞬間、歌仙さんは安心したのか、くしゃくしゃに笑った。

2016/8/16

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