親の経営している会社の業績が悪化していた。唯一、融資を申し出てくれた会社は、成長中の企業で、借金の肩代わりをしてくれるかわりに業務提携をするのかと思っていた。
 それなのに、なぜだか私と向こうの会社の御曹司の縁談が浮上した。今時、時代錯誤だと思ったけれど、親の会社のこともあるし仕方ないと思った。今の私には、断れるほどの勇気も、気概も、権力も持ち合わせていなかった。
 顔合わせの日。着慣れない振り袖を着せ着けられ、動きにくいことこの上ない。はき慣れない草履で歩くのが大変だと思ったのも久しぶりだ。行きつけの美容院で、メイクやら髪型も丁寧に施され、両親の嬉しそうな顔とは裏腹に私の顔は引きつっていく。何でも、顔合わせをする先は向こうのご自宅だ。せめて適当なホテルとか料亭の方がましだった。
 大学の友人がこのことを知ったら、みんなこぞって笑い飛ばしてくれるのに、この場には誰も私の味方はいないから、孤軍奮闘状態だ。
 両親にばれないようにこっそりとため息を吐く。
 私は、今日婚約者になる男に会う。それなのに、私はその男の名前はおろか、顔も知らない。両親に聞いても教えてくれなかった。お楽しみということらしい。一人娘の大事な旦那じゃないのか、と耳を疑いたくなったが、諦めるしかないのだ。

***

 運転手が婚約者の自宅の前に車を止めてくれた。高級住宅街に佇む純和風の自宅を見て、なぜ自分が振り袖を着せられたのか察した。こんなご自宅ならば、正装するにしても絶対に和装がふさわしいに決まっている。待ち構えていたかのように開く門が、仰々しくて気持ちも足取りも重くなる一方だ。

「お待ちしておりました」

 玄関で出迎えてくれたのは、ブラックスーツをきっちりと着こなした男の人だった。隣にいた両親が一瞬びっくりた顔をしたので、何事かと思った。それはほんの一瞬だったので、すぐにいつもの両親だったけれど。

「わざわざ君から来てくれるなんて嬉しいよ歌仙君。父上と母上と一緒に待っていなくて良かったのかい」
「それは、形式的なものなんでいいですよ」

 朗らかな笑みを浮かべ、父と談笑していてる青年に目を丸くしていると青年の方から、挨拶をされて、この人が自分の婚約者なのかとようやく気がついた。
 客間に通されてからというもの、父と婚約者の男は楽しそうに事業の話をしている。母も時折混ざりながら会話をしていると、柔和そうな男女が入ってきて、この人たちが今回の縁談を仕組んだ人なのかと思った。会話を二言三言交わしたが、記憶から一瞬で抹消できそうなくらい覚えられる気がしない。
 どうして、会社の融資をしてくれたのか、とかその見返りが息子の縁談相手なのか全然結びつかなかった。
 私がぐるぐると思考回路を巡らしてしる間に、祝言の日取りやら披露宴へと話が飛躍していっている。止める暇なんてなかった。
 ぐったりとしながら、なんとか背筋を伸ばしていると、じゃああとは二人で、なんてドラマでありそうな決まり文句を聞くことになり、婚約者の男と二人きりにされた。
 婚約者の男は歌仙というのだが、両家の親が出て行くとだいぶ疲れたのか、私と目を合わそうともしない。私がこの男に何かしたつもりは一切ないのだが、嫌われたのだろうか。意味も無く嫌われる理由はないにしても、婚約者というレッテルが好かないのかもしれない。

「あの、私何かしましたか」
「いや……そんなことはない。ただ……」
「ただ?」

 つい、続きを促してしまった。相変わらず、目線を逸らしたままで、かわりに私の方からじっと目つめ続けていると、ぽつりと彼は言う。

「僕の婚約者だっていうから、どんなのかと思っていたんだ。…・…写真でみたよりもずっと可愛らしいから……その、緊張しているんだ。気を悪くしたらすまない」

 嫌われていると思っていたら、まさかその逆だとは思いもしない。私は彼に今日初めて会ったから何一つ知らないけれど、この一言だけで分かるのは、彼は悪い人じゃないし、きちんと素直な気持ちも伝えてくれる人だということだ。

「歌仙さん。私決めました。貴方となら結婚してもいいですよ。どっちにしろお断りできませんし、可愛いって言ってくださるなら、嫌われてるよりもずっと嬉しいです」
「確かに断れないが、うちの家のせいで、君は自由を失うのにそんな簡単に決めていいのかい」
「まあ、だって仕方ないですもん。それに今だって気遣ってくださるのなら、この縁談も悪くないかなって思えてきました」
「そういうものかい」

 乙女心は難しい、って小さくぼやいた歌仙さんを見つめながら、こういう形もあるんだなと思う。


2016/11/13

toptwinkle