桜が咲くにはまだ早すぎて蕾も膨らまない、桃の花が綺麗に咲いた校庭を眺めるのは今日が最後だった。
 三年間通い続けた高校は、あっという間の三年間だったけれど私にはここで過ごした記憶はあまりにも少ない時間だった。

 私が『審神者』という公職に就いたのは、高校生に上がるよりも前の話で、必要最低限の基礎学力と社会力を身につけるためだけに通っていたのが高校だ。
 日常的に学校に通い続けたものの、みんなが帰るような家へ帰ることはできない。用意された本丸へ帰り、そこからまた学校へ向かう。
 時には公務のほうが優先され、学校に通えないこともしばしば。友人達と寄り道をすることもないし、休日に会えるのはごくたまにの機会で、遊びに誘ってくれる友人も最初は両手よりも多かったのに、卒業する今日になっては片手で数えるほどになってしまった。
 それで良かったかと問われれば、良いのか悪いのか、今の私には判断がつかなかった。教室にまばらになっていく人を見つめながら、いつになったら教室には一人になれるのだろうかとぼんやり考えている時、私の名前を呼ぶ声がした。
 振り向くと、数少ない友人が教室を出た廊下で私を呼んでいた。
「どうしたの?」
「このあと、どっか行かない?」
「あ、えと……」
 今まで、必要以上に寄り道をしたことがなかった。思わず友人達の顔をまじまじと眺めてしまい、何度か瞬きを繰り返す。
「もしかして忙しい?」
「ううん! えっと、少しだけ待ってもらっていい?」
 友人達に待ってもらい、教室の隅で審神者専用の端末を開く。ぽちぽちとメッセージを送ると、急に画面が電話に切り替わる。
「もしもし」
「君がこんなお願いをしてくるとは思わなかったら、どうしたんだい」
 普段なら真っ直ぐ本丸に帰っているところを、寄り道をしてくると言うメッセージを送ったせいで、私の初期刀は驚いたのだろう。
「あのね歌仙、少しだけ友達と出かけてきたいの。だから、帰るのが遅くなるから……」
「ああ、それならゆっくり遊んでおいで」
 柔らかく笑う声に、歌仙は私がいなくてもいいのだろうかと思ってしまう。
「……ちゃんと、お夕飯までには帰ってくるんだよ」
 歌仙の言葉にはっとする。
「気をつけて、楽しんでおいで。今日は君のお祝いの日だろう? 僕らのことは気にしなくていいから、行っておいで」
 私の考えはどうやらお見通しだったらしい。いつも本丸を気にして、なかなか空けることもしないでいた。
「ほら、友人を待たせているんだろう?」
 電話口からの、僕の言いたいことはわかるねという言外の小言が聞こえてくるような物言いだった。
「うん。少しだけ帰るのが遅くなるからよろしくお願いします」
「ああ、またね」
「はい」
 ようやく電話を終えて、友人達のほうへ行って大丈夫なことを伝えると、すごく嬉しそうな顔をした友人達に囲まれる。

 今日、私は高校を卒業する。
 けれどもそれは、悲しいものでも、何も残せなかった空虚なものではない。
 いつかの糧として振り返る日々かもしれない。
 春になりきらない日差しが廊下に差し込む。

 さようならを告げるには、とても良い日だった。

2019/3/09

toptwinkle