人工の明かりが少ない本丸の夜は、星がよく見える。年間を通して、人工の光が多い現世の都市部よりも、一等星・二等星以外もよく見え、濃藍の絨毯に広がるように無数に散らばる星々が望めた。
 近頃は桜が咲き始めたので、月明かりに桜の淡い桃色が照らし出されている。
 審神者はまだ肌寒いのでストールを片手に、温かいお茶を入れた水筒を持って、本丸の庭の一番木々のない場所へ向かう。
 庭のぽっかりと開いた場所はちょうど真ん丸に空が広がっていて、さながら万華鏡のようだった。ほうっと吐いた息が白く見える中、ずっと見ている星空は飽きることがない。
「僕を誘ってくれないだなんて、君はこの星空を独り占めしてしまうつもりかい?」
「……だって、私が外に出ようとした時に近くにいなかったじゃない」
 審神者がやってきてからあまり時間を空けずにやってきたのは、彼女の初期刀である歌仙兼定だった。
「今日は、よく見えるね」
「そうね。寒いから余計に見えるのかもね。それに、ここは本丸一番の特等席よ」
 審神者は持ってきた水筒の蓋に温かいお茶を注いで、歌仙に渡すと彼は目を丸くした。
「今夜もまだ寒いじゃない。お茶飲んで温まって」
 上機嫌に話す審神者は寒くないのかと歌仙が口を開こうとした時、審神者はさらに続けた。
「たまには私が貴方の世話を焼いたって罰は当たらないでしょうに。ほら、受けとって。せっかくのお茶が冷めてしまうわ」
「君は相変わらず自由だね」
「そうかしら」
 歌仙は審神者からお茶を受け取り、一口飲み込んだ。いつも本丸で飲んでいる緑茶のはずなのに、どうしてだか今は少しだけ甘みが強いように感じた。一瞬、自分の舌がおかしくなってしまったのだろうかと首をひねったけれども、どうやらそうではないらしい。この場所がそう感じさせるのか、甘いというよりはまろやかに感じるのが正しいようにも思えた。
「僕が使ってしまったら、君はどうするんだい」
「あら、私も同じものを使うわよ」
 くすりと微笑む審神者は、全く気にしていないらしい。すぐに上を向いてしまう。けれども、いつもよりも無言になった審神者に歌仙がよくよく横顔を見ていると察しがついた。
「……もしかして、恥ずかしがっているのかな?」
「恥ずかしがってるわけじゃないわ」
「ふふ、聞き捨てならないなあ」
 歌仙の声音が一段階柔らかくなったのを敏感に感じ取った審神者は、隣にいる歌仙をじとりと見た。牡丹の花が美しく咲き誇るように微笑む歌仙に、審神者は背筋のむず痒さを感じる。
 意地っ張りと言わても仕方ないと思いつつ、隣の歌仙に自身の頭を少しだけ寄せると、歌仙にしっかりと抱き寄せられてしまった。
「君の強情なところは知っているつもりだけれど、他の者にも同じことはしないで欲しいよ」
「……歌仙としか、同じ湯飲みを使うわけないじゃない」
「ああ、そうしておくれ」
 なおも嬉しそうにしている歌仙は、審神者はちらりと見る。
「君と見る星月夜はすごく贅沢で、他の誰かに見られるのはまっぴらだね」
「最初から見せる気なんてないくせに」
「知っていたか」
「当たり前でしょ。私の初期刀なんだから」
 本当はそれだけではないことを歌仙も審神者も知っていたけれど、歌仙は何も言わない。一人と一振りで見上げた夜空は大層美しくて、お互いに離れがたかったからだ。

2019/3/30

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