芸術の秋とはよく言ったもので、この時期に行われる美術の巡回展示に行きたいと言い出したのは、歌仙からだった。この時はいつにしようかと話していて、それきり私も忙しくて話す機会を失っていた。
 入道雲が高くそびえる青から、抜けるように青く高い空を眺めながら庭の雑草抜きをしていた時に歌仙は私を誘ってきた。
「主、この間のことは覚えているかい?」
「展示会のことかしら?」
「そうだ。最近、君とゆっくり話す時間も少なかっただろう。だから、僕に時間を譲って欲しいんだ」
 譲って欲しいと言われて、わざわざ時間を空けない私ではない。それに、歌仙が見たいと言っているものは私も気になっていた巡回展で時期を逃すとなかなかに足を伸ばしにくい遠方になってしまう。ともすれば、見に行く機会すらなくなってしまうもしれない。
 そう思うと、やはり人間の性分として期間限定につられるように行きたくなってしまうのだ。それに、歌仙と一緒に出かけるとなれば浮き足たつもので、すぐに話が纏まった。
 歌仙と出かけるのは久しぶりで、何を着ようか、一緒に何をしたら楽しいかなと考えるのは、戦いの日々の息抜きのようで、自分がただの普通の人に戻れるような気がした。
 けれどもそれは、自分がすでにただの人ではないことを同時に確かめている。それでいいのか、悪いのかは、同じ仕事をしている人間にしかわからないし、誰もが肯定するものではないこともわかっていた。きっと答えは自分でしか導き出すことが出来ないことも、頭の片隅で理解している。

 * * *

 現世に戦装束は目立つからと歌仙は和泉守に見立ててもらったのか、品のいい出で立ちだった。淡い色のVネックのニットに黒のパンツ、上にはトレンチコートを羽織っており、よく似合っていた。私も同じように、夕方は寒いだろうとトレンチコートを羽織っていて同じような格好をしていると気がついてお互いを見て笑ってしまった。
「じゃあ、いってくるよ」
「いってきます」
「おう、楽しできてな!」
「主さん、歌仙さん、いってらっしゃい」
 玄関で、和泉守と堀川が見送ってくれた。
 本丸から現世まで移動し、美術館までたどり着く間、歌仙の目には様々なものが移り変わっていく。私も見慣れた景色、とまではいかなくても久しぶりの環境は少し物珍しい。前に来た時にはなかったものが、新しい場所にできていたり、いつの間にか気に入っていたお店が閉店していたりということはよくある。
「歌仙ったら小さな子みたいね」
 もう何度もここへ足を運んでいるのに、ささいな街の景色でさえ彼には素敵な博物館のような場所なのだろう。新しいものに目を輝かせては横にいる私にそっと耳打ちをしてくる。私はそれに相槌をしながら街並みを指さして、あれも新しいわねと付け加えていく。
 普段は、初期刀であり近侍も良くお願いするせいか、歌仙の喜怒哀楽というのは主従的な線引きをする。それでも、崩れることはままあるけれども、ここまで楽しそうにしている姿はいつもすぐ横で見れるものでもない。
「そんなに笑わなくてもいいだろう」
「歌仙にとっての景色は、私の目に見える世界とは全然違うんだなあって思って。それが少しだけ羨ましいかな」
「そんなことはないさ。僕が嬉しいのは、君が過ごしているこの時はここで生まれたのだと知ることができることで、さらに今君と一緒にこの街を歩けることだよ。君の世界を一緒に見ることができるなんて贅沢だし、目に焼き付けないともったいないじゃないか」
 まくし立てるように話した歌仙は私の顔を見て微笑んだ。私は歌仙のその顔を見るのが好きなのと同時に、なかなか慣れない。こういう時の彼の表情は本丸で見せるような近侍や初期刀らしい優しさではなく、私を捕食するのに似ているからだ。
 お目当ての美術館へたどり着くと少しだけ待つことになり、数十分後にはすんなりと入ることができた。
 歌仙と私の趣味は美術なら合うというのは付き合いのなかで知ることになった。とはいえ、最初のきっかけは私だったような気もする。私が審神者になりたての最初の頃だったから、歌仙がどのくらい覚えているかはわからない。たぶん、私も歌仙も会話を弾ませるのはあまり得意ではなく、かといって沈黙に耐えられもしなくて、話し出したのだろうと記憶している。
 美術館に足を踏み入れてから思い出す羽目になるとは思いもしなかったけれど、同じ作家を好きになるのは嬉しかったことだから、何となく彼と思い出を積み重ねているのだと思えるのだ。
 のんびりとお互いのペースを回り、ミュージアムショップまできっちりと回ってから美術館を出た。
「主、これを」
「いいの?」
「もちろんさ。君ならわかると思うよ」
 手渡されたミュージアムの袋の中には一枚のポストカードが入っていた。一緒に展示を見ながら、ふと着任した頃のことを思い出していただけに袋から取り出して見えたポストカードに驚きを隠せなかった。
「歌仙、これ……」
「さっき、気にてしただろう? 展示はなくて残念だったけれど、僕にとってもこれは大事な絵だからね」
「ありがとう」
 巡回展で見たいと言った作者を勧めたのは、歌仙がくれたポストカードの絵がきっかけだった。繊細だけれど大胆なところが、好きそうだなと思って私が好きなものの一つとして教えた。それがいつの間にか歌仙も好きになっていて、こうして一緒に観にくることができた。
「君の嬉しそうな顔が見れて僕も安心したよ」
「歌仙とならどこだって楽しいと思うわよ。それにこれを覚えてくれているのも、思い出してくれたのも、私と一緒ね」
「そういうのは僕だけにしてくれたまえよ」
「ええ、もちろん。歌仙にしか言わないわ」
 くすりと微笑めば、歌仙もくしゃりと困った顔をして私に耳打ちをした。
「その言葉、よおく覚えておくんだよ」
 ああ、困った。歌仙にとって、この世界はどんなふうに見えているのだろう。私がきっと擽ったそうに笑うのも予想していただろうし、彼の言葉は本気だった。
 私が見ている景色よりもよっぽど美術館のようなめくるめく芸術の世界なのかもしれない。
 つかの間の休息が私たちの日常から隔離させてくれた。これが幸福だと言える日がずっと続きますようにと、密かに胸のうちにしまっておくことにした。

toptwinkle