寒くて眠れない、というのは季節特有のもので仕方なしに湯たんぽを入れようと審神者は布団から起き上がった。寝巻きにストールを肩に掛けたものの、本丸が水辺に設置されている造りのせいで、体感温度が他に比べると低い。なぜ、こんな造りなんだと季節が巡るごとに何度となく考えたが、これが自分の本丸なのだから仕方ない。むしろこの本丸の造り自体は気に入っているのだ。
 空の湯たんぽを洗面所で取ってから厨に向かうと部屋に灯りが点っていた。
「あら、こんなところでどうしたのよ」
「ああ、喉が乾いてね。ついでにポットにお湯でもと思って」
 湯のみを持った長義が薬缶に火をかけながら立っていた。振り返った長義も審神者が手にしていたものに合点がいった様子だった。
「貴女が眠れないなんて珍しい」
「最近急に寒くなったから。私の部屋って、周りがほとんど空き部屋だからみんなが使ってる部屋より寒いのよ」
 審神者は今も部屋の中とはいえ、ストールを肩に掛けていた。
「それは知らなかった。湯たんぽ、お湯湧いたら入れるよ」
「ありがとう」
「これくらい、なんとも。短刀たちは寒い日によくみんなで固まって一緒に寝るそうだけど、貴女も誰かとできたら良かったのにね」
 お茶を飲みながら何気なく言われた言葉に、確かになと頷けた。寒いのには慣れているし、湯たんぽがあれば温かいのだが、人の温もりは根本から温かさの質が異なるからそれに適わない気持ちも理解できた。
「そんなこと言うなら、長義が付き合ってよ」
「……どうしてそうなるかな」
「できたら良かったのにって言うからよ。大人になってから誰かと寝る機会となんて早々ないし、一晩くらいどう?」
「貴女、自分がどういう立場かわかって話してくれないか」
「貴方なら問題ないでしょ」
「大ありだ」
「まあまあ、そう言わずに。ほら、私と寝て大丈夫だったら、他の子とすればいいじゃない。男士達は皆部屋も近いしいいと思うよ」
「他の奴らとは寝ないし、貴女とも寝ないし、貴女の言い方はあまりに語弊がありすぎる」
 それでも尚、審神者がいいでしょと言うので長義も諦めたのか「今夜だけだよ」と小さく呟いた。やり取りの間に沸いた薬缶から、湯たんぽにお湯を注いでいく。
 審神者は長義の隣でいつも通りの様子でお茶を飲んでいるが、長義は気が気でない。審神者は子供と寝るのか何かかと思っているかもしれないが、普通の人間は誰彼構わず寝ないのだ。そもそもこの人はそんなにも寒がりだったかと疑問になった。去年はそんな素振りをしていた記憶がない。
「貴女、そんなに寒がりだっけ?」
「寒がりというか冷え症なのよね」
 ぴとっと長義の首筋に審神者の手が触れる。あまりの冷たさにびくりと肩を揺らしたが、そもそもこんなに冷えたまま寝ようとしていたのかと、すっと先程まで否定していた考えをひっくり返したくなった。
「温めてあげるから早く寝るんだよ」
 乗りかかった船だと自分を納得させながら言う。そうでないと、中途半端な気持ちがうっかり顔を出してきそうだった。
「そうね。早く寝ないと、起きれなくなってしまいそうね」
 湯たんぽにお湯がたっぷりと入ったので、あらかた片付けをして、電気も消して厨を出た。本丸の中は水に囲まれているせいで、夜はさらに寒さが厳しい。むしろ夏夜は涼しくて、他の本丸に比べて過ごしやすいのだが、その代償としてなのか秋冬はとにかく冷え込むのだ。
「もしかして、こうやって他の奴も誘ってたりするのかな?」
「まさか。初めて言ったわ……貴方ならいいかなって感じて。……どうしてだろうね」
 月明かりが煌々と窓を伝って入り込み、その光に照らされた審神者の横顔は少し困っていた。審神者の寝所まではやや遠い。本丸の奥の方に配置されているからだ。
 お互いに黙ったまま彼女の私室へと入った。
「ちゃんと布団かけてね」
「本当にこうなるんだな」
「まあ、言ったからには。足元は湯たんぽあるし……でも、長義は温かいから大丈夫かな」
「貴女には湯たんぽは必要だけどね」
 くすりとしながら、お互いに布団に入った。審神者が自然と長義と向かい合わせになったので、驚いて固まっていると審神者がくすくすと笑いだす。
「もしかして緊張してるの?」
「そんなわけ……って、貴女本当に冷たいんだな」
 悪戯を仕掛けるように、彼女の冷えきったつま先が長義の足に当たった。あまりに冷え冷えとしているのが心配になって、自分の足で暖を取らせようと捕まえた。
「冬はいつもこんな感じなのよね」
「信じられない。さっきの手先も酷かったよ」
 審神者の指先を包み込むように手を取れば、つま先と同じような冷え方をしていた。どうしたらこんなに冷えてしまうのか。毎日湯船に浸かっているとは思えない冷え症っぷりだった。
「だから、長義が温めてよ」
「はいはい」
 ここまで酷いと、もう少し暖房器具やら環境改善が必要ではと思ったが、彼女が陽だまりに溶けてしまいそうな微笑みだったからどうでも良くなってしまった。そっと腕を伸ばせばすっぽりと抱きしめてしまえるほど意外と小柄な審神者だが、身を寄せ合うようにして大人しい。
 普段は冷静に判断を下していく様子ばかり見ているが、こうしてゆっくりと眠気に誘われていくように穏やかな表情は珍しい。きっと、ここでなければ見れないのだろう。
「長義の腕の中は安心するのね。初めて知った」
 擦り寄るようなじゃれ方に、この人は本当に眠たいのだなと気がついた。甘え癖があるなんて意外だった。
「それは光栄だ。まあ……貴女の刀だからね」
 いよいよ目を閉じて眠ってしまう審神者にそっと呟いた。
 彼女の幼子のように健やかな寝顔を見るのはこれが初めてだった。月明かりが少し眩しいけれども、その明かりがなければこうして見ることも叶わない。
「おやすみなさい、主」
 ゆっくりと熱を分けて溶け合うようにお互いの温度になっていく。
 寒かったからなんて言い訳にしか過ぎないけれど、明日の朝には、この温もりなんて知らぬ顔をした彼女は普段通りの采配を振るうのだろう。なんて彼女らしくて、それでいて刀たらしな人なんだろうと思った。

toptwinkle