朝から妙に審神者の部屋の前が騒がしいと思い、通りかかった山姥切長義は一言声を掛けてから部屋に入った。
「入るよ」
「あら、おはよう長義」
 いつもと変わらない声で振り向いた審神者に長義は固まってしまった。審神者が普段着ることの無い着物を着て立っていたからだ。
 決して派手ではないが、大柄な花模様を華やかかつ、うるさくないデザインは彼女らしいと言うべきか。
「おはよう」
「どうしたの、何かあった?」
「いや、貴女の部屋が賑やかだったから何事だろうと思ってね」
 部屋には篭手切江と前田藤四郎がいた。審神者の様子を察するに、二振りが手伝っていたのだろう。
「私たちが主のお手伝いをしていたせいですね」
「ちなみに、長義さんが主君のお姿を最初にみた方ですよ」
 にこにこと長義を見上げる二振りに長義は改めて審神者を見る。
「和装なんて珍しいものでもないでしょ」
「あ、いや……貴女がするのは珍しくて。よく似合ってるよ」
「ありがとう。前田も篭手切もありがとう」
 前田達が部屋を出ていこうとしたので、同じように長義も出ようとしたところで審神者に呼び止められた。手には椿があしらわれた髪飾りを持っていた。手招きをしているので、それに応じると審神者はその手に持っていたものを長義に渡した。
「自分で付けようと思ったけど、お願いしてもいいかしら」
 耳の少し上あたりに付けるのだと言う。鏡でも見える場所だというのに、わざわざつけてくれと言う。
 お互いにしゃがみこみ、審神者は長義が付けやすいように大人しく座っていた。
 ただ差し込むだけの髪飾りなので、軽く抑えながら審神者の指定した通りにつけると、審神者は小さく微笑んだ。
 窓からのぞく雪明かりにほんのりと照らされた頬が真っ白い。すぐ耳元にある真っ赤な椿がより印象を強めていた。丁寧に引かれた口紅も、彼女の本来の美しさを際立たせていた。
「……灰かぶり姫の魔法使いの気持ちなんて知りたくもなかったな」
 自虐のつもりはない。着飾った姿が悪いわけない。自分の自慢の主だからだ。どこへ出ていったって、むしろ自分から自慢げに紹介したくなるほどだ。
「あはは、そんな顔しないでよ」
 審神者があっけらかんといった様子で笑いながら、長義の肩を叩いた。
「誰のせいだと思ってるんだ」
 眉根を寄せたところで彼女には、長義が不機嫌に拗ねているようにしか見えない。どうにも彼女の前で上手く顔を隠せない。きっと、他の同位体ならば本心くらい隠せるのかもしれないが。
「私は、自分を好いてくれるひとが最後に手を加えてくれるの嫌いじゃないけどな」
 審神者は立ち上がりなから、いつもの羽織を引っ掛ける。表は漆黒、裏地は濃藍に白と薄桃色の睡蓮の大柄な模様があしらわれている。表の留め具は菖蒲を象った金具。
 審神者の朗らかな様子に長義はどういう顔をするのが正解なのか答えを見つけられなかった。
 窓から入る雪明かりに照らされた彼女は、いつの間にかいつもの皆の前でする主の顔をしていた。長義を先程まで見つめていた少しだけ主であることを崩した顔ではない。
 その顔も悪くないけど、さっきまでの姿を独り占めする時間など微々たるものだったなと内心でがっかりするに留めた。
「貴女はそういうこと言うくせに、すぐにはぐらかしてしまうのにね」
「だって、長義はここに帰ってくるし、私はちゃんと待っていられるからね。まあ、戦場で散るのが花というなら私に止める権利はない。でも、その時は散々泣き喚いてやるって決めてるから、覚悟して頂戴よ」
「それなら俺は毎回死に物狂いで帰還しないとだな」
 そっと審神者を抱き寄せる。新年明けてこんな物騒なことを言われるとは思いもしなかったが、自分たちの大将がここまで信頼してくれているのだ。絶対に帰らなければいけない場所があるのは良いことだ。
「そうだ、新年あけましておめでとう」
「それ、最初に言うべきじゃないか」
 いいでしょ、と微笑んで長義から離れて部屋を出ようとする。
「今年もよろしくね、長義」
「もちろんだよ」
 審神者の隣に追いついた長義は一緒に大広間へ歩いていく。歩幅は同じくらい。けれども、一歩一歩は未来へ続いている。
 未来への証明は今日が形作っていく。重ねた日々を後悔しないように。隣の彼女が笑う日々が続くようにと願わずにはいられなかった。

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