歌仙は、本丸の部屋に必ず花を置いてくれる。全員が集まる大広間に、食事を取る部屋に、そして私の部屋に飾ってくれた。
 それは庭に咲いた花を少しばかり摘み取り、それを花瓶に分けている。
 今日も彼は私の部屋に花瓶を携えてやってきた。
「入るよ」
「どうぞ」
 いつもの定位置へ置いてから、彼は私が作業している机を覗き込む。
 机の上には戦績の資料やら、本部から届いたばかりの通知書などが広げられていた。散乱している状態を見られるのはさすがに恥ずかしく、紙束を集めて端へ寄せる。ちらりと後ろを窺えば、歌仙は邪魔して悪かったねと言って部屋から出ていく。
 残されたのは先ほど置いていった花瓶に入った花だった
 昔から見慣れた形のはずなのに、見慣れない気がするのは色のせいだろう。赤味の強い紫陽花がすらりとした花瓶に入っている。棚の上に置かれたそれは、色の少ないこの部屋に暖かな色合いを添えていた。
 最盛期にはまだ早いが、季節を目で見て確かに感じられる。歌仙の計らいは戦いばかりの本丸に良い効果を与えてくれているように感じて、ひそかに私の楽しみだ。
 作業の手を進めれば、今度は小夜が部屋にやってきた。
 昨夜の戦績の報告できてくれたようだ。夜戦から戻ってきたばかりなのに、仕上げてくれたからか眠そうな表情をしている。
「昨夜のやつ持ってきた」
「疲れてるところありがとう。今日は非番だからゆっくりと休んでちょうだい」
「うん、そうする。……主、あれは歌仙が持ってきたの?」
 ちょこんと私の隣に座った小夜から報告書を受け取ると、何気ない質問がでた。
 さっき持ってきてくれたの、と答えれば小夜は表情を変えずにそう、とぽつり。
「歌仙はあれでわかりやすいから」
「え、何それ」
 手をひらりと振って出ていった小夜と棚の上に置かれた花瓶を交互に見てから私は首をかしげた。気を取直して事務作業に取り掛かる。定期的に本部からくる戦況報告と自分の受け持つ本丸の戦況を見比べながら、次の時代での戦闘をシミュレーションしてみた。それから編成を組み、伝達できるようにするのが今日の目標だ。
 日はまだ上り始めたばかりで、廊下からは短刀たちの賑やかな声が聞こえる。時々短刀たちの声に混じって長谷部の声がするから、きっと注意しているのだろう。不思議とわかってしまい、部屋で1人笑ってしまった。

 三十分程報告書を作成して、キリがついた所で休憩にする為、部屋を出る。
 凝り固まった身体をほぐすように、伸びをしながら歩いていると、大広間にぽつんと置いてある花瓶が目に入った。
 見慣れた色合いの紫陽花が入れてある。青紫色の紫陽花は、現代でもよく見かける色だ。私の部屋に持ってきたのは赤味の強い紫陽花だったなと思い出し、庭に2種類もあるのかと気になってくる。
 こうなると、休憩とか残ってる事務作業とかもほっぽり出して、気になることを片付けたくなるのは仕方ないと思う。
 庭にすぐに出られる縁側から下駄をつっかけた。からんころんと土を踏み分け、色とりどりの花々が咲く庭を抜けて、池の付近に植わっている紫陽花を探す。
 青紫色の紫陽花はやはり思ったとおり池の付近にあった。
 しかし、私の部屋にあった赤味の強い紫陽花がない。知識程度に、土の酸性、アルカリ性で花の色が変わることは知っていたが、本丸でもそうしたことに出会えるとは初めての経験だ。
 庭の端をくまなく歩き始めると、木陰のすぐ脇で歌仙がしゃがみこんでいた。手には園芸ハサミが握られている。
「こんなとこで何してるの」
「おや、仕事はもういいのかい?」
「ちょっと休憩。あと、私の部屋に持ってきてくれた紫陽花探してたんだけど……ここに咲いてたのね」
 歌仙に倣ってしゃがみこむと、彼は私の着物の裾を掴んで土がついてしまうじゃないかと文句を言いながら、私の膝に裾をもってくる。仕方なく袖を掴む。
「小夜が歌仙はわかりやすいって言ってたの」
「気がつかないのは待ち人だけだからね」
「うん?誰か待っていたの?」
「元気な女(ひと)を待っていたんだが、その人は出向いてくれたから、手間が省けたよ」
「それって、」
 隣にいる彼を見つめれば、やっと気がついたのかいと余裕そうに笑う。
「今度は芍薬みたいに真っ赤な顔をしているよ」
 満足そうな表情をする彼に、私は何も言えないまま俯いた。
 これも、恥ずかしさを見せない為だってことくらい、彼はわかってしまうのだろう。

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