私のかわいい刀は、隣ですやすやと眠っている。
 決して主の前で、眠りこけている、のではない。ただ一緒に床についたわけだが、どうにも私自身の眠りは浅い。今日は月明かりがいつもよりも目映いせいだろうか。
 この本丸は、他の本丸と造りが異なっており、湖面の上に建っている。湖面はただの池や湖などではなく、結界としての役割も担っている。そのおかげで、私自身が毎日審神者の力を大量に消費することなく、本丸の機能はもちろんのこと、審神者としての仕事に多いに引き受けてくれていた。
 この湖面のせいで、月明かりが素直に部屋に張り込んできていた。
 うなされるわけでもなく、かといって寝苦しかったかと問われれば、そんなこともなく。ただ自然と目が醒めてしまった。
 隣にいる彼を起こさないように、静かに起き上がると、掛け布団の隙間から冷えた空気が入り込む。身じろぎしただけで、きれいな寝顔はそのままだった。
 長義の寝顔を見るのは、これが初めてではなかった。今夜は、とくに見栄えがいい。月を冠した名を持つわけでもないのに、冷えた月灯りを閉じ込めたような銀の髪が、きらきらとしていた。閉じた瞼が開けば、紺碧がのぞくのだ。私を映す景色を引っ張るように、押し出す力を持つその眼は閉じていた。
 さすがにこのまま寝ていないのを知られたら、翌日にでも長義が仕方なさそうな顔をして、肩や背を貸してくれるのが容易に想像できた。寝不足は美容の大敵だとも言う。水を飲んでからもう一度眠ろうと、やや乱れた寝間着を直して布団から本格的に出ようとした時のことだった。
 捕まれた裾に、横を振り返る。じとりとした紺碧が私をじっと捕らえて離さない。
「……また、眠れないのか、な」
 少し掠れた静かな声だった。
 長義は、気心知れた間柄には当たり強いこともあるが、あれは相手も理解していての言動だ。今みたいに、そっと気にしてくれることのほうが多い。
「少しだけね。水飲んでくる」
 身を屈めて囁くように言う。
「ちゃんと戻ってくるんだよ」
「言われなくても」
「そう言って、この間あなたは戻ってこなかったよ」
 だからね、と区切った長義は私の頬に唇を寄せる。
「こんなことしなくても戻ってくるのに」
 苦笑しながら今度こそ立ち上がる。長義は、どうかななんて言うけれども、私が戻る頃には再び微睡みの中だろう。
 冷えた夜の空気を吸い込みながら、湖面に咲く睡蓮を眺められる廊下を進んでいく。頬にキスをされたことを思い返し、眠り姫にキスならぬ、眠り王子にキスをするのも有りだなと思う。
 そもそも、あんな可愛いことなんてしなくても、私が離れるわけがないとわかっていて、長義はしてくるのだ。一番最初に眠りにつく前のことを思い出せば、煽ったのは自分だったのだから、念押しはきっと仕返しなのだ。
「あら、でも仕返しはもうされてたわね……」
 声にしてみたものの、水面に吸い込まれていく。
 
 私のかわいい刀は、美しい銀と紺碧と、鍛えた白刃を持っている。
 刀の付喪神で、神さまの末席みたいなもので、化け物切である。
 審神者に仕える刀剣男士で。
 それから私の大事な、寄り添ってくれる刀だ。

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