主がいない。大人しく執務室にいるのかと思えば、本丸中を探しても見つからない。大広間にいた石切丸に尋ねると、今剣らに誘われて隠れんぼをしているとのことだった。
 また、遊んでいる。こめかみに手を当て、少し唸る僕をよそに石切丸は楽しそうに笑う。……これが、御神刀の余裕とやつか。
 諦めて、庭に出て主を探すことにした。
 主はよく仕事をさぼる。外見だけなら、さぞ仕事ができそうななりをしているが実際はそうじゃない。僕がいない隙に他の刀剣と戯れているなんてことは日常茶飯事だった。
 庭を歩きながらよくも、こんなじりじりと焼けつような暑さのなか隠れんぼをやっていられるのだと思う。木陰に近づけば、見慣れた小袖が目線の先にある四阿で見えた。
 見えたところを逃すわけにもいかず、仕方なく彼女の方へ足を向ける。
 砂利道を歩いていくと、四阿に設置された椅子に腰掛けて書物を読んでいた。これがさぼりではなく空き時間でたしなんでいたなら許したし、何を読んでいるのか聞いただろう。
 石切丸に聞いた時は隠れんぼをしていたと言っていたが彼女からその様子は全くと言っていいほど思えない。
「君、隠れんぼしてたんじゃないのか」
「うん?してたよ。みんなこないから飽きちゃったの」
 けろっとして答える彼女は、悪びれた様子もない。それがどうしたのよ?という風で紙をまた1枚めくった。

「そういえば、歌仙はどうしたの」
「君を探してたんだよ。また、さぼっていただろう?」
「あらあら、わかってたのね」
 彼女は肩をすくめながら、手元の書物へ栞をはさみ閉じた。時間切れだと言わんばかりに立ち上がり、周囲をきょろきょろと見回す。一応、隠れんぼに参加しているつもりらしい。
 さすがに起こる気力も削がれてしまい、彼女の歩調に合わせた。
 砂利道を踏み分けながら隣を歩く僕は、彼女が発する言葉に丁寧に耳を傾ける。昨日読み切った小説の続きや、新しい発見をしたこと、出陣についてまで彼女は話してくれた。
 初めて会った頃は互いに必要最低限しか会話をしてこなかったこともあり、こんなにもよく話すのは、すっかり警戒心も解けた証拠だった。僕はおそらく、彼女の一番の刀剣男士であると言えるだろう。
 焼けつくような日差しを木陰のある場所を通ることで避けながら進むと彼女は思い出したように言った。
「そういえば、この間歌仙にあげた手帳は使ってみた?」
「貰った日に早速使ってみたよ。あれは書き味のいい紙で関心した」
「良かったわ。色々書いておくと面白いのよ。ほら、手記とか日記とかふとした時に読み返すと色々思い出すでしょ?」
「……そうだね」
 楽しそうに話す彼女につられながら、実は最初の一ページ以降何も書けてないことは告げられなかった。紙が勿体ないと思ったこともあるが、正直なところ何を書けばいいのか、ページを開くと頭が真っ白になってしまうのだ。おかげでもらった手帳は純白のページばかりが残っていた。
 彼女は、僕がすでに何ページも書き綴っていると思っているかもしれない。
 何を書いたら残っていたときに嬉しいだろうか。和歌でもなんでもいいのかもしれないがもし、何かを書き記し残すのだとしたら、自分のことよりも彼女のために残したいと思う。
 そんなことを考えてる矢先、目の前からぱたぱたと駆け寄る足音がした。高い下駄がからんころんと音をたてている。
「あー!!あるじさまみつけましたよ!」
「歌仙が呼びにきたから見つかってしまったじゃない」
「君がサボっていたんだろう。それに今日の仕事はまだ何も終わってなかったじゃないか」
「分かってるわよ。最後まで見つからなかったら、おやつが多くもらえたのに……」
 やんややんやと今剣がぼくのかちです!と誇らしげに言うと彼女の視線は僕へと突き刺さる。
 僕をジト目で見つめてから彼女はため息を吐く。いや、それは業務を怠っていた君がすべき反応じゃないだろう。呆れつつも、彼女の後をついて行く。
 どうやら、厨房まで一番近い道筋を辿るようだ。ひまわりの咲いた庭を横切り、玄関へと向かう。今剣と手を繋ぎながら彼女はずんずんと進んでいき、本丸の中へと入っていく。
 僕も彼女のあとに続き、厨房へ入ると彼女は冷蔵庫から何かを取り出した。確か、まだおやつは皆に出してなかった気がする。残っているとすれば、今日は水羊羹かプリンだろう。二種類用意しているのは、どちらか好き方を食べればいいという、彼女が言い出した案だった。選択肢が増えるのは、楽しみが増えるようなものらしい。実際、それを楽しみにしているものも多くなってきている。
 彼女は今、僕の目の前にどちらも出していた。
「どっちがいい?」
「選んでもいいのかい?」
「最初からあなたにあげようと考えてたの。いつも余った方食べてるって聞いたわ。遠慮しなくてもいいのに」
「余ったの食べてるのはたまたまさ」
 場合によっては他の刀剣たちにお願いをされてとっておくこともあるが、今日は誰も言ってこなかったのはこういう事情もあるのかもしれない。
 迷った挙句水羊羹にした。暑い時期に食べるにはよく冷えていていいだろう。ついでにお茶も用意して、彼女と一緒に執務室へ向かった。少しくらい見ていないと、また見ない隙に逃げ出してしまう。
 全く、集中してしまえばいいものを。
 時々、色々な刀剣男士に引き止められたり、やってきたりという時もあるが大方、彼女がさぼっていたが故に溜まってしまっている書類もある。
 部屋についてから、彼女は黙々と書類作成をしていた。
 水羊羹を頬張っていると、彼女は不意に話し始めた。
「そういえば、手帳の書皮は開いた?」
「いや……?」
「あ、そう。ならいいけど」
 午後三時。彼女は、そっけなく答え口を閉ざしてしまう。それ以上は何も聞けなかった。
 その夜、自室に戻ってから手帳を取り出した。革製のしっかりした書皮を掛けていたが、初めてそれを取り外す。すると、ことん、と文机に何か四角く折られた紙が出てきた。
 丁寧に開くと、1文書かれている。
「いじらしい人だ」
 詠みながら思わず出てしまった。かの有名な短歌だ。意味も知っている。
 これを貰って、こんな気持ちになるとは思いもしなかった。これが、人という奴らしい。

君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもかなと おもいけるかな

 彼女にはどうも不釣り合いな句にも思えた。けれども、一生懸命に選んでいる姿が脳裏に浮かぶ。丁寧に書かれた紙を折りたたみ、書皮へと戻す。もう少ししたら、彼女に告げようか。
 そう、彼女があまりさぼらなくなった頃にでもね。

2015/08/04

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