歌仙兼定は厨房の片隅で溜息を吐いた。どうにも我が主は、落ち着きが足りないと思うのだ。ちょっとしたことで騒いだり、叫んだり、動きだってお淑やかとは言い難い。ついこの間なんかは、虫が部屋に入ったくらいで大騒ぎして虫が視界に入り込むだけで「ぎゃあ!」と年頃の娘らしからぬ叫び方をしていた。そうやって、主としての威厳の足りなさも含めて、あれやこれやと小言を言うもののなかなか直らないのが現状だ。そうして、冒頭へと戻る。
 いい加減何とかならないのか。歌仙は考えてみるが妙案が浮かばない。浮かばなすぎて、茶も花も上手く行かず厨房までやってきたわけだが、夕餉の拵えをするにはまだ早い刻だ。冷蔵庫の中身を確認していると、神経質な声が響く。
「歌仙、そこにいたのか」
「なんだ、へし切どうしたのさ」
「長谷部だ。……お前また主に何か言っただろう。また悩んでいたぞ。臣下でありながら何を言ったか知らんが、謝ってくるべきだと思ってな」
「それでわざわざ探しにきたのかい?ご苦労だねえ」
 主が大好きなへし切が出てきては、まったく厄介なと内心思ったが言わず、何となしに歌仙はへし切の話に相槌をうつ。麦茶くらいは出してやろうかなんて思い、へし切の愛用している淡い緑色のコップに麦茶を注ぐ。手渡せば、すんなりと受け取ってコップに口をつけた。
「で、歌仙今度は何を言ったんだ」
「あれ、主から聞いてないのかい」
「どうせまたいらんことを言ったとか、そんなんだろう」
「まさか。僕はただ、もう少しお淑やかになれば、想い人が振り向くんじゃないかって言っただけだよ。先日の虫対峙は大変な騒ぎだったからね」
 歌仙が言いきってから、へし切は長い溜息を吐いた。彼の歯に衣を着せぬ物言いは清々しいくらいだが、主には酷ではないだろうか。この本丸にいる刀剣なら誰もが周知していることだが、主は歌仙に想いを寄せているし、歌仙も満更ではなさそうだということは本人達が一番分かっていない。人の身になって日が浅い刀剣だって数日で察することができたのに、一番長い付き合いである一人と一振りが全く気が付きもしないなんてことがあっていいものだろうか。考えるだけで頭が痛い。
 主が歌仙に言われることは、それはそれは細かく重箱の隅をつつくようなことまである。さしずめ、嫁と姑みたいな問答をしている時もあるが、歌仙が刀剣たちにもらす愚痴は愚痴ではない。
「でもね、主はあんなに虫が嫌だと言っているくせに、部屋からは逃げようとしなかったんだ。面白いだろう?僕がたまたま用があって部屋に行ったからいいけど、誰も来なかったらどうするつもりだったのだろうね。随分としおらしかったのが珍しくて、つい色々と言ってしまったけど……」
「そしたら僕が行ったと思うよ」
「燭台切じゃないか。ずいぶん早くにこっちに戻ってきたんだね」
 会話に急に参加してきたのは、遠征帰りの燭台切光忠だった。
 内番の服に着替えていることから、今回も成功したのだろう。
「今日は近場だったからね。それはそうと、相変わらず主に手厳しいみたいで」
「厳しくなんて言ってないさ。ただ、あと少しお淑やかになればいいのにってことだよ。あれはあれで可愛いんだけど」
 歌仙は気がついてないのだろう、自分が今どんな顔をして話しているのか。くすくすと笑いながら、優しい眼差しになる姿はやはり、歌仙も主を好いているのだ。口では何とも言おうと態度が隠しきれていない。
 ちなみに、燭台切がここに来たということは、いつも手伝いにくる主ももうすぐ来るという事なんだが、恐らく歌仙は今気がついていない。
「燭台切、今日の夕餉は何時頃になる?」
「まだ準備はしないから二刻くらいは先じゃないかなあ。ほら、あとは主と歌仙君が言い合いを始めなければの話だけど」
「……それは無理だろうな。わかった、俺は戻るぞ」
「長谷部君、僕を裏切るんだね」
「あいつの話は聞いてるとむずむずするから嫌だ」
「そんなこと言わずにさあ……」
 燭台切としては、歌仙のいつ終わるか分からない惚気に付き合わされるくらいなら、巻き込む人数が多い方が良かったというのは、ここだけの話だ。歌仙の話す話題に、主の話が出てくるのはよくあることで、文句を言っているのかと思えば、だんだんと心配したり、他の刀剣に嫉妬していたりと、忙しない。
 歌仙は一応、日々の文句を言っていたとしても、傍から聞いていると惚気にしか聞こえなかった。料理の盛り付け1つだって拘る歌仙に対して全然気にしていない主が、大皿でいいよ、と言えば、大分長い説明がという名の説教が始まる。
 一部始終を目の当たりにしてる燭台切だからこそ言えるが、イチャつくなら他所でしてくれと言いたい。歌仙の説明は長いにしても、主が最後に「分かりました。今度は盛り付けも勉強しておきますね」と折れるんだから、彼女も大概歌仙に甘い。
 文句言っておきながら、後で後悔している時もあるから、歌仙なりに少しは考えているみたいだが、主には全く通じていなかった。
 そうこうしていると、ぱたぱたと床を走る音が聞こえてきた。ひょこり、と暖簾をくぐって顔をのぞかせたのは主だ。
「燭台切さんは……って、いましたね」
「僕に用?」
「はい。さっきの遠征で聞きたいことがありまして。もう、夕餉の準備するとこでしたか?」
「いや、平気だよ」
「良かったー。そうだ、歌仙さんにも聞いてもらおう。歌仙さーん、今いいですか?」
「全く、君はまた聞き漏らしたのかい」
「違います。新しい報告書になったんで、追加で確認しにきたんですよ」
「で、僕も聞いた方がいいのかい?」
「だって、私が間違っても誰も知らなかったら困るじゃないですか。そういうのは、いつも歌仙さんが聞いてくれるでしょう」
 仕方ないね、と言いながら歌仙は主の隣に腰掛け、燭台切は相向かいの席に腰掛けた。隣同士で座る姿はどう見ても仲睦まじい光景で、早く通じあえばいいのに、なんて燭台切が考えているのは、主も歌仙も知らないことだった。


2015/09/22

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