──あの鮮やかな色は、私を苦しめる色になったのだ。彼を映す私の瞳は、どの赤よりも鮮やかに映る。

 私が加州清光という刀剣男士と出会ったのは、初期の刀を選択する時ではなく、維新の時代を巡っていた時だった。
 山姥切国広が連れ帰ってきたのは、赤い瞳が印象的な、随分と洋装が様になっている彼だった。加州清光という刀剣男士が何者かは、本丸にある書庫にある文献を確認すらことで把握することができた。
 文献を読みながらなるほどと思っても、接してみると何となく印象が変わってくるのは山姥切国広然り、薬研藤四郎然りと、どの刀剣男士でも共通のことだ。その例に漏れることなく、加州清光も川の下の子と割り切ったように自己紹介する割には、飄々としてどこか手から摺り抜けてしまいそうな不安定さを感じた。
 試しに加州清光を近侍にしたことがある。レベリングを兼ねてのものであったが、言葉の割によく気がつくので本丸でもちょこちょこと雑用を頼んでしまった。
 文句を言いながらではあったが、彼は私の課した内容をこなしてくれて、ついつい皆には内緒でお駄賃代わりに菓子をあげたのだ。
 事務をこなす私室に招き入れ、私の隣に正座をした彼は不思議そうな顔をしていた。その様子が新鮮でつい笑ってしまいそうになるが、それをこらえて瓶から包みを拾い上げて彼へ手渡した。
「清光、これをあげるわ。甘いものは平気?」
「多分平気。これ何?」
「金平糖。昔からあるから、もしかしたら出会ってたかもしれないわね」
 それから忘れないように彼に一言、皆には内緒ね、私との約束よと付け加えた。そう言えば彼はわかったと頷く。
 おそらくこの時から私と加州清光の運命は決まっていたのだ。そうでなければ、こんなにもその色が苦しくなるなんて思いもしなかった。
 実はこの一度きり、私は加州清光を近侍にした事はない。第一部隊に入れはするものの、彼はあくまでも第一部隊の刀剣である、というのが基本の考えだったからだ。
 彼がどんなにぼろぼろになっても、血を流していても、私は彼を迎え入れて必ず抱きしめてあげるのだと決めていた。だからこそ、必要以上に彼を特別な何かにするわけにはいかない。
 この本丸の一刀剣男士であれ、というのは私の傲慢で勝手な都合だった。
 今日も出陣をして、少し切り傷を増やして帰ってきた彼はぶすくれたように手入れ部屋へ入っていった。
 その様子を見送っていると、部隊長に指名していた前田藤四郎が私の隣へきて、背伸びをしながらこっそりと耳打ちをした。彼には私の背は少し高いので彼に合わせて屈んであげる。耳を澄まして内容を聞き取ると、満足げな表情をした前田藤四郎の頭を撫で、労いの言葉を掛けた。
 ぺこりとお辞儀をした彼は廊下を進んで行ったので、それを見届けてから私は袖をたくし上げて手入れ部屋へと入る。
 加州清光自身が、ぼろぼろな姿を私の前に晒すのが嫌だということは以前から知っていることであった。常に綺麗に身支度を整えて私の前に現れることから、必要以上にこだわりを持っている、という認識であり、周りの審神者仲間からも色々と聞いているので、間違いないと見ている。
 わざわざ声をかける必要はなく、私は扉を開いて無言で中へ入った。
 入ってすぐに加州清光とは視線が合う。見られたくないとでもいう様に彼は視線をすぐ逸らす。
「何で入ってきたの……」
「前田藤四郎からちょっと聞いてしまいまして、真相を貴方から聞こうかと思いましてね」
 加州清光の眠るすぐ横に腰を降ろし、彼をまじまじと見つめた。吸い込まれそうな紅玉の瞳と、傷を負った赤はよく似ていて、私は胸の奥がぎゅっと掴まれたような苦しさを感じた。何故なのかと言われればそれまでだが、恐らく私が彼へ抱いてはいけない感情を抱えてしまったからなのだろう。
 その感情は、どうしようもないものであり、先ほど前田藤四郎から聞いた内容のあとでは馬鹿みたいに喜んでしまうのだ。少し浮かれ気味の私に眉をひそめた彼は口を開く。
「主、まさかあれ聞いたの」
「さあ何のことでしょうか」
「そうやってはぐらかさないでよ」
「きちんと清光が仰ってくれるのなら私は何も言いませんよ」
 そう言うと加州清光は困った顔をしながら、唸るように考え事をしている。しばらくしてからようやく決心したのか、私の手の平に自身の手の平を重ねた。
「本当はね、主にこんなとこ見せたくない……いつも主は俺のこの姿を見る度に泣きそうな顔をしているし、おちおち休んでらんないだから」
 不満そうに言うものの、その声音は優しくて、耳馴染みの良いものだった。
 見上げる彼は涼しげな目元を細めている。手を伸ばして髪をくしゃりとかき揚げ、額へ口づけを落とした。

 泣きそうな顔をするのは、あなたもおなじなのよ。まだ、言えないけど私たちは少し似ているのだ。

2015/05/01

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