どう差し引きして見ても、贔屓目にしか見ることが出来なくなっていた。
 自分自身、美醜へのこだわりがあるかどうか聞かれればそれ程持ち合わせてないことはとうの昔に自覚していた。それなのに、彼女のことになると全て美しく見えるのだ。自分を上手く制御できない。困ったことがあれば、必ず自分の元へと来るようにくどいくらい言いつけてきた。
「……! ……さま! ……鬼灯様!」
「ああ、すみません」
「自分で呼び出しておいて、上の空ってどういうことよ。…私だって暇じゃないんですからね」
 そうだった。ちょうど用事を思い出して彼女を呼び出していたのだ。つい、彼女に見とれていた。立派に生えた角、周りからはきつい目つきだと言われるが、自分には意志の強さが現れていて非常に好ましく思う。何より、瞳の色が綺麗な紺碧でどれどけ眺めていても飽きない。丁寧に結われた髪の毛から透けて見える白い首筋。呆れたように小言を言う声だって、少しだけ優しさを帯びていている。彼女が意図して誘惑していないとしても、自分は彼女の毒気に当てられている。
「着物新調したんですね。似合ってます」
「ありがとう……って! 用件は!? また、くだらない事で呼ばれた訳じゃないわよね?」
「用件は……なんでしたっけ」
「……」
 一瞬ど忘れをしてしまい、何だったかと数秒考え、机に置いていた書類を渡した。彼女の作業をしている部屋まで届けてもよかったが、何となく呼ぼうと決めて携帯でさくっと連絡したのが15分前のこと。我ながら笑える話だ。
 書類を受け取った彼女は目を忙しなくまで動かしてから折りたたんだ。
「この件は私で対応します。あとでハンコを押して持ってくるわ。……それから、鬼灯様は今日で何徹目ですか?」
「……三徹ですかね」
 最近は年の暮れということもあり、仕事が立て込んでいたせいかもう3日は寝ていない。自分のセリフを聞いてから、目の前の彼女は長いため息をついた。それから私の手を掴んで歩き出した。彼女は閻魔殿を抜ける直前に上司に許可を取っていて、行きますよと釣りあがった瞳で訴える。
「ほんと、ワーカホリックですね。そんだけのめり込むのもいいですけど、こっちの心配も考えて欲しいわね」
 廊下を抜けて、向かっているのはどうやら自分の部屋だということは長年の流れでわかった。度々彼女に連れられて休息を取らされるのも慣れている。今日のタイミングで彼女を呼び出したのは失敗だったなと思う。趣味のものやら、貰い物の書籍や、個人的に集めた資料など、部屋に散乱しているのだ。正直対して入られて困るとかは思っていない。どうせ、自分が寝ている間に静かに片付けられているのだろう。
 さほど歩かずに着く部屋のドアを開けて、布団へと押し込まれた。
「しっかり寝てくださいね」
 後ろに般若がいるんじゃないかと思うくらい怖い顔をした彼女が上から覗いていた。……般若というか、切れている鬼そのものか。その顔すら愛おしいと思えるのだから自分は相当彼女に骨抜きにされているらしい。思わず緩む口元に気がついたのか、怪訝そうな表情に変わる彼女を自ら引き寄せた。
「っわ、ちょっと、何するんですか」
 掛け布団に吸収されて、もごもごと小言を言う彼女。バシバシと叩かれるが、生憎痛くも痒くもない。まさかこんなに暴れるとは思いもしなかった。まあ、良しとしよう。いつもより近い距離のせいかふわりと香った匂いが鼻腔をくすぐる。彼女の柔らかな体温を感じて意識が微睡んできた。
「私が寝るまでここにいてくださいね?」
「横暴ね」
「これでも随分と譲歩してるつもりです」
 彼女は自分にとってこの上ないくらい甘美な誘惑の材料だ。
 他の誰にも渡すつもりはない。手放すその時は彼女に嫌われた時と決まっている。一応今のところは自分が彼女の一番近くにいる存在だと自負している。自分の上で観念した彼女が力を抜いたのがわかった。彼女を腕の中に収めたまま、微睡みへと意識を手放した。
 次に目が覚めた時には、散らかし放題だった部屋の中はきれいになっていて、金魚草の生えた庭で一子と二子とじゃれあっていた。
「おはようございます」
「おはようございます、よく眠れたみたいね」
「おかげさまで」
「それじゃ、私はこれで……って、何ですか」
「今度は離さないので覚悟してください」
「嫌よ、って言ったらどうするつもりよ」
「実力行使をするまでです」
 怖いわね。そう言ってにやりと笑う彼女。なかなか付かず離れずらしい。困ったものだと思いつつも次はどうしようかと考える自分がいた。

2014/12/20