部活終わり、校門前が妙に騒がしかった。黄瀬を待ち伏せしていた女子の集まりかと重ったが、そうではなかった。暗がりでも自分には見慣れた深緑の制服が認識できた。ここいらじゃ少し有名なお嬢様学校の制服だった。深緑のイートンジャケット、シンプルなプリーツスカート。校則通りの長さのままのスカート丈が、慎ましく見える。大人しそうな外見に反して発された声は活発なものだった。
「由孝!」
「こんな遅くに何してるの!?」
 待ち人来たんで、と愛想笑いして人の輪を抜けてきた彼女はすでに怒った表情に変わっていた。
「もう、連絡見てないわね」
「さっき終わったばっかなんだって」
「……お疲れ様」
「ああ」
「帰ろ」
 スポーツバッグを引っ張って歩き出す彼女につられて歩きだした俺。遠巻きに見ていた人はぽかんとしていた。
 不機嫌を隠さない彼女は、黙々と歩いていく。小さくため息を吐けば、ちらりと目敏い彼女は俺を睨みながらも弱々しく声を発した。これは、今日回り道コースだなあと思った。

 ***

 名前とは、家が近所の幼馴染みだ。
 それは必然的に同じ小学校に通って、中学に上がった。俺が女の子を大好きになっていくのと同時に彼女はさっぱりとした性格の女の子に育っていった。周りの人と冗談を言い合いながら楽しげに廊下を歩く姿を何度か見かけた。
 中学三年、俺は海常高校から推薦がきていて迷わず進学先を決めた。その頃だった、彼女が不安そうにしている表情が多くなっていたのは。周りも受験モードになっていく中でクラスも校舎の中もピリピリとした空気に変わっていく。そうした中で、密やかに彼女に関する噂が流れていた。
 彼女がある高校に進学することが決まっているとゆるりと俺の耳にまで届いた。
 もちろん、今彼女が通っている学校なわけだが行くまでの課程があまり穏やかなものではなかった。
 最初に俺が本人から聞いていた希望の進学先は同じ海常だった。それがいつの間にか別の学校に変わっていて、それも名の通っている学校となれば驚くのも当たり前だった。
 当時、裏口入学、お金を積んだ、様々な憶測が飛んでいた。実際は推薦だったが、格式あるお嬢様学校となれば羨む人もいたのだろう。そんなことから肩身の狭そうな彼女が学校にいた。
 事の詳細が聞けたのは高校に入学してからしばらくのことだった。
 なんてことはない、家の前でたまたま出くわした時だ。
「おばあちゃんもお母さんも卒業生で、特におばあちゃんがうるさくてね。お母さんは海常でもどこでも好きなとこに行きなさいって言ってくれたんだ。でも、ほら、由孝もうちのおばあちゃんのこと知ってるでしょ?すんごい剣幕な顔で迫ってくるから負けちゃった。……由孝と一緒に学校行きたかったなあ」
 困ったように笑う彼女を見て、随分と隙間ができたなあと思った。
 着慣れた制服が彼女に似合っていて、あのさっぱりとしていた性格さえ見えもしなかった。お淑やかそのものだった。でも、俺は彼女の家族が誰も知らない秘密を知ってしまった。彼女の真っ直ぐで芯のある性格が、制服に隠れられずちらりと窺えた。
 その頃からだろう、彼女は時々海常の校門前で俺を待ち伏せをするようになった。決 まって、二人でファミレスに入ってご飯を食べる。帰りは一駅多く歩いて回り道をしながら帰った。

 ***

「名前、今日はどうするのさ」
「由孝の部活の話聞きたい」
「……バスケのルール覚えたんだっけ?」
「そりゃあ、ずっと見てたんだからわかるわよ」
 いつもどおりファミレスに入って近況報告をする。何となくの習慣が心地よいと気がついたのは最近だった。○○だけには浮ついた台詞はこれっぽっちも思い浮かばなくて、とにかく彼女の話を聞いてる方が楽しかったのだ。珍しく今日は俺が話さなければいけない日のようだ。にこやかに微笑みながら待つ彼女に観念して、最近のチームの様子を話した。
 笠松が女子に告白されて、会話もできずに逃げたしたこと。黄瀬がいつもに増して練習をしていて心配なこと。小堀が相変わらず勉強を教えてくれること。中村の俺に対する態度が雑になってきたこと。早川がやっぱり、ら行を言えないこと。変わらないようで色々あったことを話せば、けらけらと声をあげて笑う彼女がすごく楽しそうにしていて、俺はそれだけで満たされた気分になる。
 何となく区切りがついて、ファミレスを出た。澄んだ空に星が煌めいていた。あれがアルタイルで、ベガで、あ!オリオン座発見と上を向いて歩く彼女の姿が危なっかしい。
 するりと手を繋げば驚いた顔をしていた。
「遂に幼馴染みも対象になったの?」
「違う。名前が危なそうだから」
「大丈夫よ」
「この間そう言って転んだじゃないか」
 大人しく歩きだした彼女と俺は、いつもよりさらに多く一駅歩くことにした。
 手のひらで分け合う体温は静かに温度を高くした気がした。
 電車に乗っても、自宅に近づいても繋がれた手の平が離れることはなかった。暖かいね、と彼女が言った。俺は上手く応えれなくて短い返事になる。
「ウィンターカップ応援してるね。練習しすぎちゃダメよ、結構無理する方だって知ってるんだから」
「分かってるって……!?」
 家に入る前、いつも彼女は俺のことを気にかけてくれていた。今日もそうやって終わるのだと思った。でも、そうはいかずにネクタイを引っ張られて彼女の顔が近づいて柔らかい感触がした。そう気がついた時にはぶわあああと顔が火照る。目の前にいた彼女は薄ら涙目に赤いほっぺた。
「……約束、よ?」
「……あ、ああ。約束する」
「それから、私はずっと由孝のこと応援してるし、ずっと恰好いい男の子だって知ってるんだからね?」
 これで、他の女の子に目移りしないでよねと言った彼女にぶんぶんと頭を縦に振った。どうやら中学のときにできてしまった君と俺の間は随分と埋め尽くされて近くになっていたようだ。
 今度は自分から彼女に触れたら、びっくりして恥ずかしそうに笑って見上げていた。

 ありがとう、君の為にもまだ頑張るよ。
 寒くても、あいつらと一緒にな。


2014/11/30