読み合わせの練習は堀ちゃんとするのがいつものスタイルだ。中学の頃から数え切れないくらいの練習は、彼に鍛えられたと言っても過言はない。恐ろしく演劇に真面目な彼は、誰よりも演技が上手だし何よりも演劇が大好きだ。
 鹿島くんが入ったことで裏方に転向しても、何かあれば舞台に立てるだけの技量を持っている。そんなこともあり、私は今でも部室の隅っこでヘマをしないようにこっそりと台本を読み込む。
 いつ彼が来ても、すんなりと練習が始められるようにするためだ。
 今回も鹿島くんが王子役をしているストーリーで誰がみても楽しめるエンターテインメントに重きを置いた作品になっている。私は周りの推薦もあって姫役になり、実は少し緊張している。
「今日もやってるな」
「わっ、堀ちゃん」
 丸めた台本を私の頭にぺちと載せて現れた堀ちゃん。私の隣に椅子を持ってきて腰かければ自然と読み合わせは始まった。今回の役柄上、私が姫役なので堀ちゃんは鹿島くんのいない代わりに王子のセリフを言う。何にも気にしないんだろうなあとセリフを言いながら思う。
 少し考え事をしていたせいか、読み合わせが終わったあともう一回とダメ出しをくらった。
「今回のシナリオ、愛してるとか言わないんだね」
「でも、好きっていうのは言うはずだったな。さっきお前忘れてたけど」
「ウソ」
「ったく、上の空でやるから重要なとこすっ飛ばして忘れやがって」
 やっぱりお前、俺と練習しないとダメだなと笑う堀ちゃん。確かに未だにセリフを覚えられなくて迷惑かけることもあるけど、堀ちゃん直々に練習しなくても昔よりはマシになったと思うんだけどな。じゃあ、十五ページからと始まるテイク2。セリフが進んでいくと、さっき私が見事に忘れていた部分にさしかかる。
「す、好き」
「……やり直し」
 怪訝な顔で見られて、呆れたように言われるやり直し。こんな2人きりの空間でストーリーの中でも重要だし、何よりも密かに片思いをしている相手に言うのは気はずかしい。それを自覚したのはつい最近のことで、そしてこの台本には出てくる二文字は相当重みとなっていた。
「あ、ごめんね。ちゃんと言うから、好きって言うから」
 好きって発する度にどきどきするのは隣が鹿島くんじゃなくて、堀ちゃん何だからだと言い訳を探してみた。
どうせ言っても今の彼には伝わっていないだろうし、まだ伝わらなくていい。意気地なしの私のなけなしの告白なんてあっという間に崩れるだろうから、今はもう少し片思いでいいや。
 何にも気にしていない堀ちゃんはすらすらと読み合わせをスタートさせるから私も同じように台本を確認しながら、セリフをひとつひとつ丁寧に言う。
シナリオが終わるころ、タイミングを図ったように予鈴が鳴った。
二人揃ってありがとうございましたとあいさつをするのは何となく決まっているルールだ。
「最後通したときよかったぜ」
「ありがと」
「それから、告白のシーンのセリフはもっと目の前に好きな奴がいると思ってやる方がいいな」
「え゙っ!?」
 これは堀ちゃんなりのアドバイス何だろうけど、そのシーンだけは多分堀ちゃんと何回練習してもうまくできないだろうと思う。それがうまく行く時には私は心臓が壊れそうなくらいどきどきさせて、その後のセリフなんて抜け落ちてしまうだろう。それならしばらくは彼にダメ出しをくらっている方がいいのかもしれない。
「堀ちゃんのばーか。そんなの告白の予行練習みたいじゃない」
「しとけ、しとけ。俺なら練習台になってやる」
 笑って言う堀ちゃんは好きだけど、そのセリフはぐさりと刺さった。
 もう、次からはそのセリフだけすっ飛ばしてやる。そう決めて教室に入った。

 この舞台が終わるまで見事に失敗し続けた私は、舞台終了後堀ちゃんに言ってやった。ほんとに鹿島くんとの練習とこの本番意外失敗していたからきっと彼はハラハラしていただろうけど、今日の本番はこの為だったんだからねと言いたい。
「堀ちゃん、私! 好きってちゃんと言ったからね!!」
 舞台裏で終わった勢いで言う。こんなのヤケクソすぎて笑えない。どうせ玉砕するなら派手にしてしまえばいい。
 言い逃げをして、舞台裏から走り去る。
 いつもの部室まで勢いよく入って、いつものあの隅っこに蹲った。
 いつもは賑やかな部室は誰もいなくて、今になって体が震えてきて、すごい緊張してたじゃないと自覚する。
「いい逃げすんなよ」
「……うるさい」
「そんな綺麗なかっこで言って逃げて、どうするつもりだっんだ、馬鹿」
 頭をぐしゃぐしゃに撫でられて、じわじわ瞳に薄い水分の膜が膨れ上がる。
相変わらず上から降ってくる言葉をじっと待てばため息ひとつ。呆れられたかなと余計に浸食してくるなみだ。
「俺にもちゃんと言わせろ」
「やだ、聞きたく、ない」
「ふざけんな」
 耳を塞ごうとする手を握られて、ゆっくりと言われる二文字。びっくりして顔を上げた。今、なんて言ったの。ふって笑った彼がゆっくりとわたしを抱きしめた。


2014/09/23