ヤムライハ様とピスティ様に連れられて私は何故だか、謝肉宴の中心にいる八人将の皆さんがいるところに来ていた。
 私が嫌がっても楽しそうに笑ってお二人は腕を引っ張っている。
 そもそも私は八人将の皆さんがいる場所に同席できるような立場ではない。
 ほかの文官たちに混ざってお酒を飲んでいた方がいいんじゃないだろうか。おまけに慣れない踊り子の衣装は恥ずかしい。いつもの文官服と違って露出が多いし、足や腕につけた装飾品もあって動きにくい。これらを着こなしている女性たちは凄いとまじまじと感じてしまっている。
「あの、やっぱり私戻ります……!」
「ダメ、ジャーファルさんに名前の姿見せるんだから!」
「私の姿なんか、みせたらジャーファル様の迷惑になってしまいます」
「「大丈夫!!」」
「そんな訳、ない、で、す」
 こんな私見せたって迷惑なだけだと思う。別に特別可愛いわけでもないし、わざわざこのような場で会うような関係でもない。そう考えれば考えるほど、悲しくなる。やっぱり…と思う自分がいる。それなのに、ヤムライハ様とピスティ様はわたしに大丈夫だと言って下さる。本来ならお話なんて出来ないような人たちである。そんな方たちがお声をかけて下さるだけで本来なら十分なくらいなのだ。
 そうこうしているうちにお二人に押されてジャーファル様の目の前である。
 ジャーファル様の目の前ということはほぼシンドバッド王の目の前ということでもある。今まさにそうなのだが、緊張しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
 実はシンドバッド王とは白羊塔で会う機会があるので顔見知りだとは思う。
 だからだろうか、シンドバッド王が私に気づいて声を発したことでジャーファル様にも私の存在を気づかれてしまったのである。嗚呼、私明日からどうすればいいだろうか。まともにジャーファル様の顔なんか見れない。今だって顔をあげるのがこわい。
「ヤムライハ、ピスティご苦労様です」
 柔らかい声で穏やかだ。私にはなかなか向けられることのない優しい声。
「名前、顔をあげて下さい」
 さっきお二人を労った優しい声で言われて私は情けない表情の顔をあげた。
「何時にも増してきれいですね」
「っ!あ、あの、そんな……」
 だんだんと小さくなる声。珍しく柔らかな声がかかっただけなのに、お世辞のような気のきいた一言は私を混乱させるには十分だった。またうつむきがちになる私の顔をジャーファル様の手がそれを拒む。私の顔を両手で包んでにこやかに微笑む。ずっとずっと焦がれていたはずの表情なはずなのに。私は顔をふり、両手から逃げる。そのまま駆け出す。自分には不相応だと、これ以上近づいてはいけないと、心がブレーキをかけている。
「名前!!」
 パシっと、腕を掴まれる。腕を掴んだのはジャーファル様だ。ぐいと後ろに引かれ、彼の腕の中だった。
「やっと捕まえましたよ」
 耳元で囁く声がくすぐったい。
 近い距離に吐息がかかって、走った分の洗い息遣いが私に伝わる。
 本当にこの方は私にはもったいないくらいお方だ。きっと、今の状況も夢なのよ。だから逃げなきゃ。
「お願いですから逃げないでください」
 より一層強く抱きしめられ、彼の力には敵わない。
「好きです」
「……わ、私には不相応に、ございます」
「何故ですか」
「貴方には私よりも良い方が」
「私には貴女しか要らないのですが、どうしてそうやっていつも逃げるのです?」
 ずるいですよ、しぼみ消えそうなジャーファル様の声。私には泣いているようにも聞こえて、今なんて残酷なことをしているのだろうかと思った。
「あの近づいて、もっと知っても良いのですか」
「貴女なら、どこまでも」
 喧騒よりも、ずっと澄んだ彼の声が身体に沁み込んでいった。

2014/08/03