自販機で買ったサイダーはあまり冷えて無くて、梅雨前に良く似ていた。教室に戻る途中、渡り廊下から見えたプールサイドに人影が一つ。
「え、嘘でしょ?」
思い当たる人は一人しかいない。すらりとした身長に、引き締まった身体。最近までは学校もサボりがちだった人。
ペットボトルのサイダーを片手に、小走りでプールサイドへ駆けていくと、ちゃぷちゃぷと水中に潜る遙の姿。
空色のプールに飛び込む姿を最後に見たのはいつだったか。
プールに飛び込む姿を見なくなったのはわずかだったようにも、とても長い時間にも思えた。
水中に潜る遙は一番輝いて見える。私の錯覚かもしれないが、彼は本能的に水を求めているのだ。
遙はくるりと水中で旋回をして、太陽が照らす場所へと浮上してくる。私の視線に気がついたのか、さぶんとプールサイドに出てきた。
「……泳いでるんだね」
「ああ。それよりも、靴脱げ」
「忘れてた」
それきり、遙はスタート台から再びプールの中に飛び込んでしまった。
相変わらず綺麗なフォームで飛び込む姿は見物である。
靴と靴下を脱いでからしゃがみ込む。ただ眺めるだけなのに、どこか安心している私は馬鹿なのかもしれない。
遙がプールで泳ぐ姿が見られるだけで全然違う。私が最初に恋をしたのは、楽しそうに泳ぐ遙の姿だったのだ。
「こーんなにずっと見ているのに気づかないなんて、遙は大馬鹿ものだよね」
水の中に溶け込むように潜っている遙は気がつかない。
日差しの暑さにはかなわなくて、手にしていたペットボトルの蓋を開けてしゅわしゅわと炭酸の強いサイダーを飲み込む。
ペットボトルを耳に当てると微かに炭酸のはじける音がして、擬似的に水中にいられるような気がする。別に、海なんて毎日みているし、夏になれば一回くらいは海水浴の話が出るが、水中が不思議を纏っているとは微塵も思わない。
けれども、私の知っている水中の思い出はどれもこれもきらきらしていて、例えるとするならサイダーが一番しっくりきた。だから、微かな炭酸の音は心地よかった。
目の前に広がる、なみなみと水の張られたプールを一人で眺めるには贅沢な光景な気がした。遙が水をかきわける音だけで、後は外の喧噪だけ。空間が切り取られたようにも感じた。
「……真琴は一緒じゃないのか」
しゃがみ込む私に投げかけられた問いは、いつも一緒の幼馴染みのことだった。
「まこちゃん? うん、だって教室行ってないし、いくら幼馴染みだからって四六時中いるわけじゃないでしょ。遙もそうじゃない」
「そうか」
「……いやいや、そうかじゃないでしょ。まこちゃん呼んでこよっか?」
「違う。こっちこい」
手招きをされたので、仕方なくプールのへりのぎりぎりに近づく。すっと伸びてきた腕に反射的に目を瞑る。
濡れた手が、頭に伸びてきてゆっくりと目を開けると遙の顔がもの凄く近い。
「は、るか……?」
「寝癖ついてる」
「はい?」
「直してやった」
ふふん、と少し得意げな顔をしている。ほんのわずかの変化だが、遙の表情の乏しさには慣れていた。いつもと少し違うだけでも読み取れる。
「期待した私が馬鹿だったみたい」
「何のことだ」
「それくらい自分で考えてよ!」
赤くなった顔を見られたくなくて、プールサイドを走り出す。脱ぎ捨てた靴と靴下は忘れずに回収して。
私が逃げたあとの遙の耳が赤かったと聞くのは随分の後のことだった。
image song band by サイダーガール『スワロウ』
2017/4/16