ことの始まりは遙の家に遊びに来ていた時のことだった。
「膝枕ってどんな感じなのか知りたい」
「え? 膝枕?」
 不意に言われた一言に、麦茶を飲もうとしていた手が止まる。遙らしからぬ一言に私は首を傾げた。誰かに何か吹き込まれたのだろうか。言うとしたら渚か凜のどちらかだろう。普段なら絶対に言うはずがない。
「えっと、する?」
「ああ」
 私のほうへやってきた遙は、そのまま頭を腿に寝かせた。膝枕といえば、恋人同士でするには多少ロマンのある行為だったようにも思うが、シチュエーションも雰囲気も何もかも準備なしである。
「……どう?」
「悪くない」
 目を瞑ったまま答えるので、それなりの心地らしい。遙の目元にかかった前髪を払いのけると、すっと開いた瞳と視線が合う。
「お前は疲れないのか」
「まだ平気かな。正座ってあんまりしないから、長時間は無理かも」
 きょとんとした遙に私はくすりと笑う。自分でしたいって言ったくせに、私のことを気にするようでは、あまりリラックスできないのではないだろうか。
「遙がずっとしたいっていうならいいよ。こうやって見下ろす機会ないから新鮮」
 にこりとしてみせれば、遙は諦めに似たようなため息をつく。私がこういった言い方をするのは今に始まったことではなかったからだ。私が遙に合わせるよりも、遙が合わせてくれる方が実はずっと多い。周りからすれば、いつも私が遙の行動に引っ張られているように見えていても、最終的に私のことを考えてくれて動いているのは遙なのだ。
 だから、私がいいよって言えば遙はある程度のラインまで付き合ってくれる。
「あと五分でいい」
「うん」
 ほら、私に負担にならない範囲に収めようとしてくれる。
 遙の手が髪の毛に触れる。顔を下に向けているので、自然と落ちる髪の毛は遙の顔付近に近づいてしまう。邪魔だったかと思ったが、するすると指で梳いてきたので、思わず固まって動けなくなった。
「髪の毛、さらさらなんだな」
 楽しそうに毛先をいじくる遙は、物珍しそうに興味を示していた。さらさらなのは、昨日の夜トリートメントをしたばかりだからで、ちゃんとお手入れしておいて良かったなと安堵する。これがあと二日ずれていたならば、さらさらでなかったかもしれない。これからは気を抜かずにお手入れしようと思う。
「……遙の髪もさらさらだよね」
「別に、自分の髪の毛なんてどうでもいい」
 あんなに毎日毎日、塩素の入ったプールで泳いでいるのに、女の私が悔しくなるくらいに綺麗な髪の毛をしている。色素が抜けるわけでもなく、きれいな黒髪だ。
 手を伸ばそうとすれば、遙の手に阻まれてしまった。
「先に触ったのは遙なのに……」
 私が不満そうに唇を尖らせると、すっと引かれた腕の強さに驚く羽目になる。するりと伸ばされた腕はいつの間にか私の後頭部に回っていて。大人しく目を瞑れば、それを合図に重なる唇。
「たまにはこういうのもいいな」
「わ、私はよくない……!」
 瞳を開けば、遙は満足そうな顔をしていて、あと五分なんて言っていたくせにきっと五分なんて過ぎている。
 それからしばらく膝枕をする度に、不意打ちを狙ってキスをされたのは言うまでもなかった。

2018/4/28