03



トキヤが城で影武者として過ごすようになり一週間が経とうとしていた。真影と翔ノ助は2人でトキヤの傍にいることが多い。外は別の者に任せて2人は特に内部にだけ注意力を注いでいるのが基本だからだ。いつもピリピリとした緊張感は漂っていた。だがしかし、今日はいつも以上に空気が強張っているいるのをトキヤは感じている。最近の偵察の量からして、もういつ敵が来てもおかしくないらしい。日が傾いてきているというのにトキヤは寝るに寝れなくて、あの、と襖の向こうの2人に声をかけようとしたときだった。
「姫様、こちらへ」
音もなく一瞬のうちに部屋に入ってきた真影が、突然トキヤの手を引いて立ち上がる。トキヤはここ一週間で女物の着物を着ての行動にも慣れ、素早く真影に付いていく。
「あの、まさか」
「はい。敵の数は今のところ2人だと思いますが……とりあえず翔ノ助に任せましょう」
「大丈夫なんですか…?」
「あいつは強いですよ。心配いりません」
トキヤはただ手を引かれるままに真影に付いていくのみであった。どこに向かっているのかまったくわからない。昔からよく出入りしていたとはいえ、一週間この城の中で生活したとはいえ、自分が知ってるいるのはほんの一部なのだ。加えて、いくら動き慣れたとはいえやはり走りにくい。トキヤは次第に息をあげ始め、ついていくのが辛くなっていく。それに気付いた真影が少し速度を落としたところで、背後から轟音が聞こえた。
「え……?」
思わずトキヤの足が止まる。音のした方を振り向けば、どこからともなく稲妻が夜空にはしった。
「翔ノ助……」
トキヤの目では捕えられないなにかを真影は捕えてしまったらしい。トキヤの腕を掴む指にぐっと力が入る。この2人だって大切な友人同士なのだ。助けに行きたくて仕方がないに違いない。それでも、自分の任務は姫の護衛なのだといい聞かせるように真影は首を振り、行きましょうと再びトキヤの手を引き始める。トキヤはその場を、動かなかった。
「……姫様……?」
早く、と真影が腕を引く。
「行ってください」
トキヤがそう言うと、真影の動きが止まった。
「姫様、何を…」
「翔ノ助のところへ、行ってください」
私は大丈夫です、とトキヤが真影の腕を振りほどく。
「それはできません!! 姫様より翔ノ助を優先するなど!!」
「私なんかの為に、有能な忍を1人犠牲にするつもりですか!?」
トキヤが叫ぶ。真影はそれでも引かない。真影にとっては、トキヤも大切な友人なのだ。
「しかし」
「私は姫ではありません。ただの影武者……普通の町人です。それに、何の為に将軍が私のような男性を選んだと思っているのですか? これからわたしはどこに向かえばいいのか、それさえ教えてくだされば自分で行けます。だから早く、翔ノ助の元へ…!」
行ってくださいとトキヤが真影の背中を押す。
「私は、友人を失いたくない」
その声に真影の瞳が揺らいだ。暫くして真影は分かりましたと言い、トキヤの手を取る。
「貴方のお父様を含め、この城に仕えている者たちが寝泊まりをしている部屋がある場所は知っているな」
「ええ」
「あの角を曲がって真っすぐ行くとその場所がある。その一番手前の一室は空室になっていて、そこに普通の着物が用意してある」
「……この着物を脱いでそれに着替えて、そこで過ごしていろということですね?」
「ああ。貴方の面は割れていない。だから、そこに辿り着いてくれさえすれば……!」
ぐっと込められた力に、トキヤは彼の優しさを感じた。
「これが一段落したら、私はどうなるのです」
「また影武者生活だろう。……迎えに行く」
またもや夜空に雷鳴が鳴り響く。トキヤは真影の手を離した。
「どうか2人とも、ご無事で」
「……2人で貴方をまたお迎えにあがります」
真影はそういい残して一瞬で闇夜に消えた。トキヤは一人残されたが、怖くはなかった。あの見えている角を曲がればもうあとは真っすぐ走りぬけるだけだった。