04



一人残されたトキヤは、疲労で重たくなった足を必死に動かして走っていた。あの角を曲がれば、あとは真っすぐ進むだけ。たどりつく場所が見えているだけで心の持ちようが違ってくるだろう。もうすぐ、もうすぐで目的地が見えると角を曲がる手前で、急に影が見えた。
「あれー? せっかく気配追えてたのに見失っちゃったなー」
どくん、とトキヤの鼓動が跳ねた。影はどんどん大きくなる。こちらに曲がってきたら確実にバレてしまう。緊張で更に動かなくなってしまった足を無理やり動かし、そっと襖を開けて角の部屋に潜り込んだ。部屋には隠れられる場所があるわけではなかったので、ひっそりと部屋の中から先ほどの影の気配を伺う。声が大きい男のようで、「しょうがない探すかー。おーい分身たち、地道に探すよー」と聞き取れた。あと少しなのに動けない、そんなもどかしさがトキヤの焦りを募らせるが、ここで焦ってはいけないと深呼吸をした。そっと深呼吸を一つ。気持ちは落ち着かない。いつあの襖を開けられるのかと心臓はどくどく波打っている。
そしてついに、悪魔のような声が聞こえた。

「この部屋、人がいる気配がする」
「でも事前の情報ではここって空き部屋のところだったろ?」
「でもいる気がするんだよ」

先ほどの言葉は本当らしい。何人もの同じ声が聞こえて、分身の術なんてほんとにあるものなのだと思った。それも今は恐怖でしかないのだが。あの男たちが今まさに開けようとしている襖は、先ほどトキヤが滑り込んだところと同じ襖だ。この部屋には角を曲がる手前と、もうひとつ角を曲がった先のところにも襖がある。開けられる前にそちらから出てしまおうと思ったトキヤは、やはり疲労や恐怖や緊張で動きにくい足を無理矢理動かして襖に手をかけ、そっと開けようとしたのだが
(……なぜ)
その扉は開かなかった。そうこうしていると、先ほどの襖から「開けるよ」という声が聞こえる。
(襖に鍵なんかかかるわけがない。ということはこの襖の向こうにも、誰かが…)
トキヤの足が震えた。襖が音を立てて開けられようとしている。トキヤの姿はもうすぐ見えてしまう。
「っ……」
トキヤはぎり、と歯を食いしばり、一か八かで目の前の襖を勢いよく開けた。開けられた襖から「あれ」「人がいる」「見つけた!!」という声があがっていたが、そんな声はもうトキヤの耳には入らない。目の前で自分をじっと見つめる男から、トキヤは目が離せなかった。それは多分、恐怖からが一番大きいだろう。トキヤを見つめる本人は、まるで予想外だと言わんばかりに目を丸めていた。
「あ……っ」
がくがくと、もう足に力が入らないほど恐怖に体が支配されているのが分かる。こうなることは覚悟していた。覚悟はできていたはずなのに、心がしにたくないと叫んでいる。一向に動く気配のないその男。トキヤはこれが最後だと自分を支配する感情を抑え、男の横をすり抜けるようにして走った。
「あ、待って!!」
男は1テンポ遅れてトキヤを追いかける。トキヤだって分かっている。忍に一般人の脚力がかなうわけがないことを。捕まると分かっていながらもトキヤは足を動かし続けるが、恐怖は抑えられても疲労は隠せない。次第に足がもつれてその場に倒れこんでしまった。するとすかさず男がトキヤを仰向けにしてその上に乗りあげる。手のひらで口を塞がれて、トキヤは身動きはおろか声をあげることすらできなくなった。
「前からと後ろから、どっちがいい?」
視界が涙でどんどん滲んでいく。自分を見下ろす男の声がぼんやりと聞こえる。トキヤの頭の中にはもう、恐怖しかなかった。