06



深く深くに落ちていた意識がだんだんと浮上していくのが分かった。ぼんやりとする意識の中、未だ重たい瞼をあげる。焦点が定まりきらない視界の中、目の前に広がる赤色だけがやけに強い。
「あ、起きた?」
声が聞こえて、そこではっきりと覚醒した。急に視界が鮮明になる。この男は、そう、あの城で自分を殺そうとしていた男だ。
「……っ」
咄嗟に距離を取ろうとして身を引くも、どん、と壁にぶつかるだけだった。更に動こうとしたことで、腕が拘束されていることにも気付く。天井から吊るされた縄で腕は一纏めにされていた。縄はご丁寧にギリギリ座れる長さで、立つことはできるがその場から動くことはできない。
「おはよう。ほんとは君の手に縄の痕付けたくないからやりたくなかったんだけど…でもやれって言われたら従うしかなくてさ」
ごめんね、と申し訳なさそうに笑うこの男に今初めて出会ったのなら、警戒はするにせよここまでの恐怖は覚えない。この男の姿を視界に捉えてから、トキヤの鼓動はどくんどくんと跳ねっぱなしだ。あの時の瞳を、知っているから。
「……な、なぜ」
「ん?」
私を殺さなかったのですか、そう聞きたいのに歯がうまくかみ合わない。言葉を紡ごうとする度にカチカチと音を立てている。そんなトキヤの姿を見て、男はへらっと笑った。
「もう殺そうとなんてしないから大丈夫だよ。俺の名前は音也衛門。ほら、君の名前は?」
そう言ってトキヤを宥めるように優しく抱きしめる。トキヤは突然の行為にびくりと大げさな程に体を揺らしてしまった。それでも大丈夫だと、音也衛門と名乗った男はトキヤの背をゆっくりと撫でる。
「わ、たしは……」
「うん」
何故だか分からない。けれど、トキヤの中で恐怖心が薄れていくのが分かった。恐怖が体を支配する時間から抜け出してしまえば、トキヤは元々冷静で頭のまわる賢い人間だ。音也衛門は、トキヤの体を恐怖の支配から解き放つことで自らの首を絞めることになる。
「おトキ、です」
「そうじゃなくてさ」
え、と思わず口に出してしまう。音也衛門は体を離して、トキヤの瞳を真っすぐ見据えた。
「君の、ほんとの名前」
何故音也衛門がそれにこだわるのか分からない。トキヤは何故、と小さく呟いた。音也衛門は「なんとなく、知りたいんだ」と言いながら気まずそうに視線を逸らす。トキヤは音也衛門のそんな仕草を見つつ、頭の中では別のことを考えていた。音也衛門が自分を捕まえる際に情報を聞き出すと言っているのを思い出して、自分がどう動くのがベストなのか、頭の中で計算を繰り返す。
「ねえ、教えて」
何も答えないトキヤにしびれを切らしたのか、音也衛門はトキヤの瞳を覗き込む。
「あの」
「なに?」
「ち、近いです……」
あまりのお互いの距離のなさに、トキヤは身を引きたかったがそれはできない。直視できずに目を逸らしつつそう言えば、音也衛門は何を勘違いしたのか「ちかいっていうの? それが君の名前?」なんて聞いてくるものだから思わず笑ってしまっていた。
「っふ、ふふ」
「あ、何笑ってるの!?」
指摘されて笑いを堪えようとするも、暫くできそうにない。ぷくっと頬を膨らませている音也衛門を見て、トキヤの恐怖心を忘れていた。
「距離が近いと言ったんです。それは名前ではありません」
「じゃあ、君のほんとの名前は?」
またもやずいと身を乗り出してくる音也衛門に、トキヤはふわりと笑いかける。
「この縄を解いてくだされば教えますよ」
そう言うと、音也衛門は困ったように笑った。
「それ、言われちゃうとなあ……」
音也衛門は暫く何か考えた後、ちょっと待っててと部屋から出て行ってしまった。