07
音也衛門が部屋から出ていき、トキヤの視界には誰一人映らなくなる。トキヤはその場から立ち上がり、その分の縄が緩んだことで腕をおろすことができた。結び目を見てこれは短時間で抜け出すことはできないと判断する。ならばこれを解こうとしている間に誰かに見られて警戒をさせるより、大人しくしていた方がいいのではないかと思った。更に、恐らくはこの部屋でずっと生活することになるのだろうとトキヤは内部をぐるりと見渡す。窓には格子がはめられていたが外は見える。空が近かった。そしてもうひとつ、トキヤが一番気になっていたのは、あまりに生活感のある部屋だということだ。部屋の隅には布団がぐちゃぐちゃと丸めて置いてある。文を書くのに使うのであろう台も、散らかってはいるがちゃんとある。この部屋で、今までたくさんの捕虜たちが生活してきたのだろうか。だとしたら待遇が良すぎではないのか。普通私のような者たちは、地下牢に入れられるものではないのか。
(とにかく謎がありすぎる。音也衛門にうまく取り入って逆に情報を聞き出すしかない)
きっと、真影さんや翔ノ助が助けに来てくれる。そう信じて、トキヤはここで自分がやるべきことを整理した。絶対にこちらの情報は渡さないこと。逆にあの男に取り入って情報を聞き出すこと。影武者だということは既にバレている。あとは抱きしめられたときにでも性別は確実にバレただろう。気を付けるのは言動だけでいい。幾分か気持ちが楽になったとトキヤがふう、とひとつ息を吐いた直後、ガラリと襖が開いた。
「音也衛門、いますか」
褐色の肌に、日本人とは思えない顔立ちをした男だった。この男は見たことがない。トキヤは警戒心を強めた。
「あ、ここにいたんですね」
男はトキヤの前まできて、「立ってるのも疲れるでしょう? 座ってください」とトキヤをその場に座らせた。男も一緒にその場に座る。音也衛門といいこの男といい、一体なんなのだと思った。動きが予想外すぎて振り回される。
「ワタシの名前はセシル丸です。よろしくお願いします」
セシル丸と名乗った男は、そのままゆっくりと頭を下げた。この絵面は完全に間違ってはいないだろうか、何かが違うのではないだろうか。
「あの、頭をあげてくださいませんか」
「はい」
顔をあげたセシル丸はお友達が増えて嬉しいですと笑っていた。ここの忍はどうなっているのだと、これから先のことを考えてトキヤは頭が痛くなった。早く助けに来てくださいと願っていると、どたばたとうるさい足音が聞こえてくる。
「お待たせー! ……ってあれ、セシル丸」
「音也衛門!」
そのまま2人は何やら会話を始めてしまった。トキヤは今更、何がなんでも逃げてしまえばよかったと2人を見る。こんなマイペースな人たちが果たして本当に忍なのだろうかと疑いさえした。
(謝意忍具流さんの忍たちは、個性が豊かすぎてついていけません…)
トキヤはちらりと2人の姿を見て、気付く。音也の手に握られている銀色のそれは、この縄の代わりのものなのだろうか。
(首輪の太さではない……足枷か手枷、か)
なんにせよ、金属を付けられたらそれこそ脱出は不可能だ。2人が見てない今の内にどうにか縄を緩められないかと腕を動かす。立ちあがった方が腕を目の前にもってこられてやりやすいのだが、今立ちあがったら意識がこちらに向いてしまうのは確実。視界には2人の姿を捉えたまま、トキヤは腕をゆっくりと動かした。どうか自分に気付かないまま会話が長く続きますように。
暫くして、セシル丸が部屋を出て行った。音也衛門は待たせてごめんねと笑う。トキヤは縄から抜け出す隙を窺っていた。2人はトキヤの予想を超える時間会話してくれていて、縄はもうすぐ解ける状態にあった。あと少し緩めさえしてしまえば腕が抜ける。
「で、教えてくれる気になった?」
「……言ったでしょう。これを解いてくれたら教えると」
音也衛門はにんまりと笑って、トキヤに近づく。
「これ、解いてあげるからさ、解いたら君のこと、教えてくれる?」
頭上にあげられていることで着物から露出している腕を、音也衛門がすすっと撫でる。ぞわりとトキヤに寒気がはしった。
「……なんの、つもりですか」
「部屋を出てる間、廊下歩いてたときに色んな人と話して気付いたんだ」
音也衛門は真顔で、こう言った。
「俺、君に一目惚れした」