12
トキヤが音也の部屋で過ごすようになってから何日か経つ。未だにトキヤの手と足を拘束する枷は外れないままであるし、その為に何度やってもくすぐったい思いをしなければならない日常行為があった。その1つが、今から行われようとしている食事である。
「トキヤ、食事持ってきたよ」
音也衛門は自分の分とトキヤの分の食事を部屋に持ってきて共に食べるのだが、その食べ方がとても気に入らない。
「今日の夕餉は麺みたいなんだけど…いつもより食べさせにくいね」
そう言いながら音也衛門は箸で細かく麺を切ってレンゲに乗せ。トキヤの口元に持ってくる。
「あーん」
「……いただきます」
トキヤが素直に口を開くと、最初の頃とは大違いだねと音也衛門は笑った。
「トキヤが自分で食べれますって言い張るから、もう俺も意地になっちゃったんだよ」
「今だって思っていますよ。自分で食べられないわけではないので本当に迷惑なのですが」
「ふふ、もう照れなくていいよ。初めてあーんってしたとき顔真っ赤にしてたし」
他愛もない会話をしながら音也衛門は自分の口にも食べ物を運び、トキヤにも一定のタイミングで食べ物を運ぶ。トキヤが勝手に自分で食べたりしないように、と箸やレンゲはトキヤの手の届かないところに置く徹底ぶりだ。
「毒とか警戒して食べないかなって心配してたけど、食べたくなかったのは俺の手からだったってだけ?」
「……あなたはきっと、私に毒入り料理なんて食べさせるはずがないと、思ったんです。忍なんですし、あなたはどうせ料理に毒が入ってるかいないかなんて分かるでしょう」
トキヤは口の前に運ばれてきたレンゲにいつものように口を開ける、がいつものように料理が流し込まれないことを不思議に思って音也衛門を見る。
「おと、」
「それってさ、お前、俺のこと信用してくれてるの?」
「……どういう意味ですか」
「俺がお前のこと好きって言うの、嘘だったら?」
トキヤは一瞬きょとんとして、すぐにふ、と口元を緩めた。
「でしたら、あなたの演技力は大したものですね。この今目の前にある食べ物にあなたが一瞬の内に毒をふりかけて、これを食べたら今度こそほんとうに私はしぬかもしれない」
でも、とトキヤは微笑む。
「それでも、いいんです。あなたは私を油断させる為に私のことを好きなふりをして、何も情報を喋らない私がここにいても意味がないから殺す。それでもいいんです。私は所詮影武者ですからね。影武者とバレた私はもう、誰から見ても用無しです」
トキヤを見る音也衛門の瞳がゆらゆらとゆれている。我ながら大した演技力だとトキヤは思った。別に嘘を言っているわけではないが、しんでもいいなんて思っちゃいない。きっと真影や翔ノ助は助けに来てくれると、信じている。
「トキヤ…」
「あなたが私を好きと言ってくれて、嬉しかったのかもしれませんね」
音也衛門はぐ、と唇を噛んで俯いた。しかし数秒後にはいつもの明るい彼の顔に戻って、「トキヤのこと大好き。俺のモノにしちゃいたいもん。愛してる」と笑った。
「では、私は毒入りの料理を食べさせられる心配はないということで」
「うん、安心して。でも、俺かセシル丸以外の奴らが運んできたご飯とか食べないでね」
「……分かりました」
やっと口の中に流し込まれた麺を咀嚼する。
「俺たちが食べるならまだしも、トキヤが毒入りなんて食べたらほんとにしんじゃうもんね」
「ん……あなたは平気なのですか?」
「多少はね。昔から訓練してきたし」
「訓練…?」
「少しずつ毒を体の中に取り込んでいって、耐性をつけておくんだよ。そしたら多少の毒じゃちょっとしびれるかなくらいでなんともないんだ」
それは、私に話していいものなのだろうか。トキヤは音也衛門から聞いたことを忘れないよう記憶の中に入れた。
「そうなんですね」
「うん。毒味なら任せてね」
トキヤの分が空になったのとほぼ同時に音也衛門も食べ終わり、ごちそうさまでしたと手を合わせる。音也衛門はいつものようにまた2人分の皿を運びに行く。トキヤはその間に布団と寝巻を用意するのが日課になっている。明らかに布団の用意よりも食事の方が楽なのだが、そこに音也衛門は気付いているのかいないのか。音也衛門が戻ってくると、次はお風呂だ。トキヤが最も苦手としている日常行為がこれだった。