04+
トキヤはぎり、と歯を食いしばり、一か八かで目の前の襖を勢いよく開けた。開けられた襖から「あれ」「人がいる」「見つけた!!」という声があがっていたが、そんな声はもうトキヤの耳には入らない。目の前で自分をじっと見つめる男から、トキヤは目が離せなかった。それは多分、恐怖からが一番大きいだろう。トキヤを見つめる本人は、まるで予想外だと言わんばかりに目を丸めているのだが。
「あ……っ」
がくがくと、もう足に力が入らないほど恐怖に体が支配されているのが分かる。こうなることは覚悟していた。覚悟はできていたはずなのに、心がしにたくないと叫んでいる。一向に動く気配のないその男。トキヤはこれが最後だと、自分を支配する感情を押し留め、男の横をすり抜けるようにして走った。
「あ、待って!!」
男は1テンポ遅れてトキヤを追いかける。トキヤだって分かっている。忍に一般人の脚力がかなうわけがないことを。捕まると分かっていながらもトキヤは足を動かし続けるが、恐怖は押し留められても疲労は隠せない。次第に足がもつれてその場に倒れこんでしまった。するとすかさず男がトキヤを仰向けにしてその上に乗ってきて、手のひらで口を塞がれてしまう。
「前からと後ろから、どっちがいい?」
視界が涙でどんどん滲んでいく。トキヤの頭の中にはもう、恐怖しかなかった。
そんなトキヤの気持ちとは裏腹に、音也衛門は自分の中で湧き上がる欲を抑えようと必死だった。恐怖で潤む瞳、肌も青白くなっているのに先ほどまで走っていたからか頬だけがかすかに赤みを帯びている。任務中は極力感情を押し殺すように訓練してきたというのにどうにも欲は膨れ上がるばかりだ。この綺麗な顔を見ているからダメなのだと目を閉じるも、一度湧き出した欲を抑えるのは難しかった。
(征服して、しまいたい)
それでもこらえるようにぎゅっときつく目を閉じやり過ごそうとするのだが、
「た、すけて」
ふと、トキヤが声を漏らした。音也衛門は目を開いてしまう。
「まさかげさん……しょ、のすけ」
このようなか細い声をトキヤは出したかったわけではない。いつも呼べば2人は来てくれた。今回だってきっと、大きな声で呼んだら気付いてくれるはずだ。覚悟は決めたはずなのに、どうしても無理だった。
「たすけ、」
目を開いた音也衛門の視界に飛び込んできたのは自分の下で震えるとても綺麗な人。ぷつりと自分の中で何かが切れたような音がして、助けを求めて震える唇を動かせないように覆っていた手のひらに力を込めた。
「っ」
トキヤの目が見開かれる。
「静かにしてくれるなら手退かしてあげる。苦しいでしょ」
びく、とトキヤの体が動く。
「約束、守れる?」
トキヤは動くこともできないので、一度瞼を閉じることで了承の意を示す。音也衛門は手のひらを離した。
「俺が怖い?」
トキヤは答えない。この男を刺激してはいけない。口を動かそうとするのに、カチカチと歯が鳴る音しか出せない。
「怖がらないで。ひどいことはしないよ」
音也衛門の指先がトキヤの唇をなぞる。少し触れただけで震えているのが分かった。音也衛門が指を口内に割り入るように力を入れると、トキヤは反射的に唇を閉じる。
「……とじちゃだめ」
更に力を入れると、トキヤの唇から力が抜けた。トキヤの口内に入った指は、上顎をなぞってみたり舌を弄ってみたりと好き勝手に動き出す。
「ん、っ」
何をされるか分からないトキヤは、未だ涙を浮かべながらその行為にじっと耐えていた。と、突然音也衛門の指がトキヤの舌を挟んで強めに引っ張る。トキヤは痛みから逃れるためにそのまま上半身を起こした。音也衛門と目線が合う。
「このままね」
舌を出したまま大人しくしていると、音也衛門も自らの舌を出してトキヤのそれに絡ませてきた。トキヤが体を後ろに引いて逃げようとすれば逆に体重をかけられて、せっかく起こした背中がまた床に触れる。逃げ場のなくなったトキヤは突然のキスを受け入れるしかなかった。そして音也衛門は暫くトキヤの唇を堪能すると、満足したようににんまりと笑う。
「この舌さ」
そう言ってもう一度、指でトキヤの舌を捕まえた。
「もう、俺以外の名前呼んじゃダメ」
「…………え……?」
今まで恐怖からか喉をひくんと鳴らすだけで声を出さなかったトキヤから思わず声が出る。
「さっきみたいに他の名前呼んだら、ひっこ抜いちゃうよ」
「な、にを…?」
トキヤの瞳が揺れた。音也衛門は、この瞳が今は自分にしか向けられていないということが嬉しくてたまらない。この瞳を自分のものだけにしたい、体も声も、吐息も、何もかもすべてを征服したい。
「俺の名前、音也。ね、君は?お姫様」