08+



はあ、と音也衛門は息を吐いてから立ち上がり、部屋の隅のぐちゃぐちゃの布団を広げていた。ふと、自分に背を向ける形で作業している今がチャンスなのではと瞬時に判断し、トキヤは思い切り縄を緩めた。腕が抜ける。音也衛門はまだ作業中だ。うまく逃げだせるとは思えないが、今逃げなければもう隙はない。襖まで行くには音也衛門の脇を通らなければいけないが、このまま一直線に襖まで走るとなると音也衛門からは一歩では届かない距離だ。今なら行ける気がする。トキヤは立ちあがって足を動かす。視界の端で音也衛門が顔をあげるのが分かった。部屋の外に出たら襖を閉めよう。僅かな時間でも稼ぎたい。
あと一歩で部屋から出れると思ったその時、後ろから腕を掴まれてものすごい勢いで引っ張られる。腕が千切れそうだとトキヤが顔を歪めた。勢いのまま後ろに倒れそうになったトキヤの体は、何かに背中がどん、とぶつかって止まった。触れたところがあたたかい。それは紛れもなく音也衛門の体だった。
「逃げられると思った……?」
片方の手は腰に腕をまわされ、もう片方でぐいとトキヤの顎を持ち上げる。
「気付いてたよ、縄が緩められてること」
音也衛門が口を開くたびに耳に息がふきかけられる。びくびくと体が反応する。
「縄、解かせてあげたでしょ。名前教えて」
かぷりと音也衛門がトキヤの耳に歯をたてた。かと思いきや舌を出して音をたてながら耳の中を動き回る。感じたことのない感覚に、トキヤは体を震わせる。
「っやめ、て、くださ、あ」
腰にまわされていた腕がするりと侵入してきて、太ももを撫でられる感覚にトキヤはぎゅっと目を閉じた。
「名前、教えて」
先ほどまでとは違う、見たことも聞いたこともない顔で、声で、音也衛門はトキヤを追い詰める。未だ太ももを這う手の感触にトキヤは体を震わせながら、無理矢理に音也衛門の方を向かされた。
「教えてくれたらやめてあげる。縄解いたら教えてくれるんだったもんね」
ちゅ、ちゅ、と顔に唇が触れる。恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだった。冷静な判断なんて今できるわけがない。とにかくこの感覚から逃れた一心で、トキヤは言った。
「……トキヤ、です」
音也衛門はそれを聞くと、そっかと笑ってトキヤの唇に指を這わした。
「俺は音也。ほんとの名前だよ。たくさん呼んでね」
そう言うと指を離し、無防備なトキヤの唇にかぶりつくようにキスをした。
「んっ、っ」
唇が閉じられる前に舌をねじこみ、奥で縮こまるトキヤの舌を引っ張って無理矢理絡める。時折上顎を優しく撫でると、トキヤはんんっと声をあげた。あれだけ離れようともがいていたトキヤの腕は、いまや音也衛門の服を縋るように掴んでいる。トキヤの口の端から唾液がこぼれ始めたところで漸く音也衛門はトキヤから唇を離し、力が入っていないトキヤの体を先ほど準備した布団へと倒した。
「お、とや、さ」
「音也でいいよ。さ、はじめよっか」
生理的な涙で滲む視界の中、トキヤはにっこりと笑う音也衛門の姿を見た。先ほどまでなんども見ていた顔だ。あんなにも恐怖を和らげてくれた男の顔に、今は恐怖しか感じない。
「嫌です!」
当たり前のようにトキヤの上に跨った音也衛門は、自分を離そうともがくトキヤの抵抗などお構いなしだった。トキヤの着物をはだけさせて、あらわになった胸板に手のひらを滑らせる。もう一度キスをしようと思ったがトキヤが思い切り顔をそむけたので、首筋に舌を這わせることにした。
「も、やめ、なんでっ…」
胸の尖りを掠めるたびにトキヤがぴくりと反応するので、音也衛門はわざと焦らすようにそこを撫でた。首を這っていた舌もだんだんと下におりていき、かみついてみたり吸いついてみたりしていたためその軌跡がトキヤの首に刻まれている。
「トキヤの全部、教えてって言ったじゃん」
きゅ、と両手で胸の尖りをつまむと、ん、とトキヤが声をあげる。
「トキヤ、こういうこと始めて?」
「はじ、めてに決まって…っあ、あ」
おもちゃのようにぴん、と弾いてみたり突いてみたりなぞってみたりして遊んでいたが、可愛いなあと音也衛門は笑って片方を口の中に含んだ。面白いくらいにトキヤの体が跳ねる。
「んんっ、ん、あ」
「ひもひい?」
「しゃべらな、ひうっ」
トキヤの反応を見るのが楽しくて暫くは胸ばかり触っていたが、そうしているうちにトキヤの腰が揺れてきていた。着物越しでも分かるかたくなったそれを、控えめながらも音也衛門のそれにぐ、ぐ、と擦りつけてきている。それに応えるように腰を揺らすと、トキヤは涙目のまま音也衛門を見る。
「……そんな顔されたら、ほんとに止まらないって」
音也衛門がトキヤに顔を近づける。何がなんだか分からない感覚に支配されているトキヤは、もうキスを拒まなかった。ちゅくちゅくと音を立てて舌を絡め合う慣れないことにトキヤが必死になっている間に音也衛門は自分の下半身の衣服を脱ぎ、トキヤの着物もはだけさせる。先走りをだらだらと溢しているトキヤのそれに、音也衛門が指を這わせた。
「っあ、あ、もう、だめっ…」
「もうちょっと頑張って。ね、一緒に」
髪を振り乱して喘ぐその姿はとても艶やかで、まったく力の入っていない体を抱き起こして向かい合った。お互いの猛りが触れるように体を密着させて、音也衛門が片手で2人のそれを包み込む。
「や、いやっ、いやですっ」
お互いの先走りでぐちゅぐちゅと音をたてながら擦っていると、トキヤが突然いやいやと首を振る。音也衛門は離れようとするトキヤの後頭部を掴んで唇を合わせた。
「んん、ん、ふ、っ」
それだけでとろんと蕩けた表情になるトキヤの手を掴んで、それを包ませ、上から自分の手のひらをかぶせる。
「一緒に、ね」
口ではいやいやと言いながらも、もうトキヤは音也衛門に縋りつくしかなかった。体に力が入らない。熱すぎてどうにかなってしまう。熱に侵された頭は快感しか拾ってくれない。この感じたことのない感覚がきもちよすぎて、つらい。
「あ、も、むりっ、ですほんとにっ、」
「俺もそろそろ……っ」
ラストスパートとばかりに擦る手が早くなる。
「トキヤ、名前、呼んで」
「っ…とや、おとやぁ……!」
「うん、トキヤ、大好き…っ」
快感の波がせりあがってくる感覚に、トキヤは堪らず音也の肩に歯をたてた。
「っ―――――――」
どくん、とそれがはねる。吐き出したお互いの欲が体にかかって気持ち悪かったが、全体的に何が起きたのかよく分からない。体はまだ感覚が抜けきらないとでも言うようにびくびくしているが、それよりも疲労感のが大きい。音也衛門にしがみつきながら、トキヤはゆっくり目を閉じた。