上下戦争
「火神くん」
ぺちぺちと頬を叩かれる感覚に瞼をうっすら持ちあげた火神は、そこにぼんやりと映った人影に目を見開いた。
「おはようございます」
「ん……て、黒子!?おま、なん、」
朝一番、起きてすぐに火神の視界に入ったのは、ベッドに寝ていた自分の上に跨って座る黒子だった。黒子は昨晩火神の家に宿泊などしておらず、何故ここにいるのか皆目見当もつかない火神は困惑するしかない。
「あまりにも気持ち良さそうに寝ているので起こし辛かったのですが、お腹が減ったので起こしました」
「……はあ?」
「お腹、空きました」
それよりもなんでここにいんだよ。鍵かけてあったろ、と火神は掴みかかろうとして、止まる。ぐぅーとお腹が鳴った。
「……火神君も、お腹減っ、」
「あーもう黙れ!!話は後できっちりするからな!!」
黒子は火神の体を跨ぐようにして座っていたが、この体格差ではあまり意味がない。ぐい、とすぐに押しのけられてしまった。そのまま欠伸をしながらキッチンに向かう火神の後姿を見て、黒子は笑った。
不法侵入者である黒子の分まで火神はきっちりと朝ごはんを用意した。テーブルに食事を並べ終わるや否や食事を始めた黒子を見て、火神も手を動かし始める。そして、で、と黒子を睨んだ。
「どうやって入った」
「秘密です。それよりも、美味しいですね。さすが火神君です」
「こ・た・え・ろ・よ! そんなんではぐらかされるほど馬鹿じゃねえ」
「そうですか。では、本題に入りましょう」
黒子はむぐむぐと動かしていた口を休めて、火神を正面から見据えた。いつも通り、のようにも見えるが、なんだか少しだけ真剣なような。火神は若干の違和感を感じたが、食事の手は止めることなく黒子の言葉を待つ。
「あの、ボク、」
「おぉ」
「火神君を、抱きたいです」
ごくり、火神の喉から音が鳴る。どうやら驚きのあまり口の中のものを丸飲みしてしまったらしい。苦しそうな火神に黒子はすかさず水分を与える。
火神がだいぶ落ち着いたところで、黒子はもう一度、改めて火神を見た。
「駄目ですか」
「え、いや、てか、」
「なんですか」
「……普通、逆じゃね?」
火神の言い分は最もだろう。体格差やらその他諸々を考えてみれば、黒子が火神を攻めるなどしっくりはこない。というか、火神が受け入れる側にまわることの方がしっくりこない。だがそれでも黒子は譲ろうとしない。
「ボクは、火神君のことがすごくすごく好きです」
「おう…?」
だから、と黒子が火神を至近距離で覗き込む。火神は若干体を逸らして、しかし視線は逸らさなかった。
「体格なんて関係ありません。青峰君に負けてなどいられません」
珍しくバスケ以外で熱くなっている黒子に驚きつつも、火神は黒子から出てきた1つの単語を聞きとった。
「……青峰?」
そう返せば、黒子はぴくりと眉を動かしてなんでもありません、といつもと変わらぬ表情で言う。
「とにかく、火神君」
「だから、さっきから何だってんだよ。別に抱く抱かないだとか、そんなことしなくたっていいじゃねえか」
「嫌です。ボクはもうたくさん我慢しました」
「って言われてもなあ…」
「火神くん!」
火神は黒子のことが好きだ。キスだって受け入れてくれる。けれど火神の考えと黒子の考えは少し違う。黒子はそのことも分かっていて火神にこう言ったのだ。黒子は、今猛烈に焦っている。
「……なんかお前、変じゃねえ?」
「そう、かもしれません。火神君を取られないように必死ですから」
「はぁ?」
俯いて何も喋らなくなった黒子を見て、火神はなんかまずったか? と黒子の目の前で手をひらひらとさせてみる。おーい、と呼んだりもしてみるが、黒子は無反応だ。
「黒子ー?」
「……今日の夜、」
「お?」
「今日の夜、泊まってもいいですか」
火神を見ることなく呟かれた言葉を、断れるはずもない。