神様のいたずら



お互いなるべく外に出ないようにしていたおかげか外でばったりと出くわすこともなく、あの日から既に一カ月が経過している。そろそろ書類整理にも飽き、体を動かしたいと久し振りに外に見廻りに出た土方と、たまたま依頼が入って歌舞伎町から足を伸ばした銀時が出会ってしまったのは、もう神様のいたずらとしか思えなかった。
「あ、旦那」
土方の隣を歩く沖田が、前方に見えた姿を見て呟くと同時に土方がぴたりと足を止めた。
「総悟」
「へい」
土方はくるりと反対側に方向転換をした。
「ルート変えるぞ」
「……へえ?」
そう言って早足で歩きだした土方の肩を沖田が掴んだ。
「この頃屯所からあんま出なかったのは、万事屋の旦那絡みですかィ?」
「……アイツは関係ねぇよ。書類が溜まってたんだ。手前のせいでな」
「旦那と何かあったんですかィ」
「お前が期待してるような面白いことはねぇよ。オラさっさと行くぞ」
「嫌でさァ」
「……っの野郎!! たまには言うこと聞きやがれ!!」
道の往来でぎゃあぎゃあと騒ぎ出した2人を見た新八は、何かあったんですかねと銀時に視線をやる。と、そこで新八は銀時の異変に気が付いた。
「あれ、銀さん?」
銀時の目が泳いでいる。「ねえ、銀さん?」という新八の問いかけを聞きながら、銀時の頭の中はめまぐるしく回転していた。
このまま顔を合わさずにくるっとUターンすべきか、しかしそれだと不自然すぎる。いつもの銀さんならきっとこのまま進む。そしていつも通りあの男に接するのだ。意識しまくりなあの男に、何をそんなに意識しているのだとからかってやるのだ。それがいい。それが普段の銀さんだ。あの日のことは、2人の間では無かったことにしようという暗黙の了解が生まれている。それなのに、お互いを意識して不自然な態度を取れば確実に誰かに勘繰られる。真選組には一番疑われてはいけない人物がいる。まさに今土方の隣にいるアイツだ。アイツの前ではなるべく自然に振る舞わなければならない。
銀時はよし、と声に出して言うと、一体なんだと不思議そうな新八の視線を無視して未だに騒いでいる黒ずくめの2人に近付いた。
「ぎゃあぎゃあとうるせえんだよこんな道のド真ん中で。迷惑なんですけどそれでもおまわりさんですかあ? 市民の皆さんに迷惑かけるのがおまわりさんの仕事ですかあ?」
銀時が声をかけた瞬間、土方は勢いよく振り返る。そして銀時をひとしきり睨んだ後、土方はふと俯いた。
「土方さん?」
何も言い返さない土方を見て、沖田は本格的に何かあったなと考える。何とかしてその何かを知りたいと、土方の一挙一動に注目する。これはとてもいいネタだと直感が告げていた。そんなことを考える沖田とは対照的に、新八は戸惑いを隠せなかった。2人が顔を合わせればたちまち息つく間もない喧嘩が始まる。お互いに意地を張り合い言い争いをするその姿はもう見慣れた光景のはずだった。
「あの……2人ともどうかしたんですか」
戸惑う新八の声を聞きながら、土方も頭の中でどう対応するのがベストなのか考えていた。
これでは自分だけが意識しているみたいだ。向こうもそれをからかってきているだけなのだ。覚えていないのだから忘れてしまえばいい。なかったことにして、今まで通りにすればいい。意識する方がバカなのだ。というか元々俺たちの間には何もなかった。あの日に、そう決めた。声に出して約束したわけではないが、お互いそうするのが一番だと分かっていた。だから、いつも通りに。
土方は頭の中で自分の考えをまとめると、また勢いよく顔を上げて口を開こうとした。
だが、そうもいかなかった。
「テメェ……」
「……な、なんだよ」
銀時の目は明らかに泳いでいた。意識しまいとして、意識しているのは同じだった。お互い覚えていないのをいいことに無かったことにしようと決めたはいいものの、あの日の衝撃からまだ抜けられずにいる。
「意識しないようにしてるつもりで俺をからかいにきたんだろうが……バレバレなんだよ」
「な、何を言ってるのか銀さんさっぱりわからなーい」
「とぼけんじゃねえよあんな胸糞悪いこと忘れられるわきゃねえだろ!」
「ううううるせええ! もうお前喋るんじゃねえよ思い出しちゃうだろあー折角忘れてたのに!」
「始めっからなんも覚えてねえだろうが俺たち!」
だんだんといつもの調子が戻ってきた。銀時と土方は脳内でいつも通りってなんだっけ? と考えながら言葉を吐く。道往く人々は、また始まったかと反応を見せる。だが、沖田は違った。土方を揺さぶる面白そうなネタがあるのだ。情報を取りこぼすわけにはいかないと2人を観察して、違和感を覚える。視線がおかしい。いつも2人は真っ直ぐお互いを見て喧嘩をしていた。だが今日はどうだ、目線が合うと気まずそうに2人して視線を逸らすのだ。何かがおかしい。
「おいメガネ、最近旦那に変わったことはなかったか」
「えっと……なんですか急に」
「いいから教えろィ。土方で遊ぶいいネタになりそうなんでィ」
突然話を振られた新八は、今日ここにくるまでのことを必死に思い出す。
「えっと……あ、ここ一カ月真選組のニュースがかかるとやたらチャンネル変えてたりとか? あと今日この辺りにくるのも屯所に近いってものすごく嫌がってたりはありましたけど……っていうかもういいですか。そろそろ行かないと時間が……」
新八はそう言って2人の仲裁に入る。喧嘩が収まったときには、もう沖田は姿を消していた。
「またサボりか!」
土方の怒りの矛先は、沖田に向けられた。