不完全なジーニアス
「
第1世界神様こそが!!」
そう叫んだ
鎧仗軍隊は俺達に武器を向け、一斉に攻撃を仕掛けて来た。
鎧仗軍隊はジャッジメント直属の軍。神を裁く者の部下。つまり精鋭中の精鋭だ。そして人間の魂はとても脆い。そんな奴らの攻撃を人間である少女が受けてしまえばどうなるかなど、考えなくともわかる。
俺は彼女を抱く力を強めた。向かって来る鎧仗軍隊に手を翳し横に薙ぎ払うと、奴らは勢い良く弾き飛ばされる。目を堅く瞑り震えている少女の頭を撫でながら床に這い蹲った奴らを見下ろすと、鎧仗軍隊は先程の衝撃がかなり効いたようで。意識を飛ばしている者もいれば辛うじて気絶は免れたものの立つ事が出来ない者もいる。
俺はただ奴らを弾き飛ばしただけだ。それだけで、この差。
「この程度で俺を捕縛するなど、よく言えたものだな」
溜め息が出る。
それは鎧仗軍隊の弱さに対してではなく、自分の実力にだ。
「能ある鷹は爪を隠す」。人間の諺である。その意は「才能のある者はその才能をやたらにひけらかさない」というものだが、確かにその通りだ。隠す事もしなかった才能のせいで今、こんな状況に陥っている。どうやら俺は
そういった才能は持ち合わせていなかったようだ。所詮は…中途半端な才だったという事か。それかもしくは、「力」があるだけで「脳」がなかった、か。
「貴様らなどに彼女を渡すつもりはない。失せろ」
「ぐ…っ、それ程までの実力を持ちながら…何故そんな人間に固執する……!!」
実力?
そんなモノは脳があってこそだろう。
「お前程の力ならこの神界すら支配出来る筈……!!」
俺は神界の未来をシミュレーションするだけの者。
高が研究者如きが神界の統治など望んで何になる?
「そんな事をする暇があれば
神力の一つでも養ったらどうだ」
神力、新力、心力。
───即ち、実力。
書物を読み、理解する事で知識を増やし、試行錯誤を繰り返してようやく身に付くもの。
新力は新たな目覚め。
心力は心の強さ。
神力は神が扱う力。
それら全てを総じて、実力という。
「神が人間に感化されるとは……」
「堕ちたものだな」
「神は元より、上に立つ者ではない。驕りが過ぎるぞ」
能があってこその力。
脳があってこその実力。
能も、脳も、紙一重の存在。
中途半端な俺には、「脳/能」のない俺には。
一体何があるのだろうか。
『──シノ……』
───嗚呼、彼女だ。
俺が初めて
愛した人間。
感情を植え付けた者。
少女を想うこの感情は、他のどの神にも持ち得ない、見出す事の出来ないもの。感情移入を御法度とする神には理解し得ない、未知の存在。
俺の感情は、誰にも侵せない。
神にそう言えば、誰もがそれを下らないと、愚かだと、低俗だとみなすだろう。だが俺はそんな風には思わない。「幸せ」というものを知ったからだ。
彼女と共に暮らしていた日々は俺の中で掛け替えの無いもの。大切な時間。胸に込み上げる不可思議な感情が「幸せ」だと知ったのは極最近の事だったが、その言葉は自然と俺の中に馴染んだ。
俺は、自分が幸せにすると心中で誓った少女に幸せを与えられていた。
……護りたい。
護りたい護りたい護りたい護りたい。
彼女こそが俺の生きる理由。
幸せにしたい。笑っていて欲しい。
───そう思っていた、筈だった。
『がッ!?』
「!!?」
突如、俺の腕の中にいた少女が苦しみだす。目を見開き頭を押さえ、身体を丸める。
何だ?何が起こっている?
俺は鎧仗軍隊を見た。弾かれた自分達の攻撃を喰らっても気絶する事なく辛うじて立てていた奴らは此方に武器を向けている。だが物理的な攻撃を仕掛けて来た様子はない。
「忘れて貰っては困る」
「我々が押送するのは何も神のみではない」
「人間を捕らえる事など雑作もない話だ」
「!」
失念していた。奴らの仕事は神の連行だけではなかった。そして人間の魂は脆いとわかっていた筈なのに。鎧仗軍隊が彼女に仕掛けたのは人間の魂に直接ダメージを与える、謂わば精神攻撃。魂は精神の強さによって強度が左右されると聞くが、奴らの攻撃は強さなど関係なしに破壊出来る。このままでは彼女が危ない。
……
死んでしまう。
魂が壊される事は即ち消滅を指す。何処の世界にも転生出来ず、この神界にも留まれない。永久に消滅するのだ…存在そのものが。
───駄目だ。
そんな事はさせない。絶対に。
「幸せにする」と。そう決めたのだ。
「───!!逃がすな!追え!!」
中途半端で不完全な俺が、初めて手にした感情。
脳がなくても。能に乏しくても。
死なせはしない。
ただ一人の───俺の「愛しい
少女」。
*****
ジーニアス…天才
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