小さな特異点の修復を終え、つい先程、無事にカルデアへと帰還した。Dr.ロマンやダ・ヴィンチ、職員達から労いの言葉をかけてもらい、早々にマイルームへ戻った。風呂に入って美味しいご飯を食べて、夜は何事もなくベッドへ潜る。瞼を閉じると深い微睡に落ちた――はずだった。
ぐうっと腹の虫が元気になりぱちりと目を覚ました。何度か寝がえりを打ち眠ろうと試みるも、空腹が勝り睡魔はやって来ない。流石に限界だと察し、勢い良く体を起こした。特異点先ではやけに張り切った我がサーヴァントのお陰でばっかすばっかすと宝具やら何やらで魔力を持って行かれたのも空腹原因の一つだろう。もそもそとベッドから出るなりブーツではなく簡易スリッパを履く。軽く背伸びをしてから食堂へ向かう為にマイルームを出た。
気がつくと、未那は焦土と化した冬木の地に居た。生物が生存できるはずもない地と化した冬木で一人彷徨っていると、カルデアから来たという藤丸立香と花菜、二人の後輩であるデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトに出会い、偶然か奇跡か、良くはわからないが、全てを見て終えた後、共にカルデアへと戻っていた。漂流者にも似た自分を受け入れてくれた場所(カルデア)。それからは色々とあったが、現在はマスターの一人として協力している。
今、誰かと出会えば間違いなく驚かれるだろう。何せラフなTシャツにジャージズボンという色気のない姿をしているのだから。ぱたぱたとスリッパ音を響かせ静かな廊下を歩く。食堂を覗くと誰も居なかった。時間が時間なだけに、そりゃそうか、と肩を竦める。厨房の方へ足を進めて食べる物はないかと探す。冷蔵庫を開けると、中にはたくさんの食材の他に大きなマグカップに入ったプリンが一つ。誰の為に作られたものかを瞬時に察し、薄い笑みを浮かべた。しかし、丁度良い腹ごしらえになるとそっと手を伸ばしてプリンを取ろうとした刹那、背筋に嫌な何かが走った。

『未那さん……わたしのプリン食べたんですか、そうですか……じゃあ今日の訓練はちょっとスパルタにしますね。失敗したらガンド(手加減した)ぶつけますね』

未那と立香は魔術の知識等に疎く魔術回路も全てが開通している状態ではない。その為、魔術の心得のある花菜に時間の空きを見つけては訓練を受けているのだが、プリンを食べてしまうと午後に開催予定の魔術訓練が大変、危なくなる気がして静かに冷蔵庫を閉めた。
さて、どうしようかと考える。
ふと、視線を動かすとオーブントースターの近くにラップに包まれたバケットが一本。恐らく余ったのだろう、明日の朝にすぐ使えるようにしているらしい。ふむ、と少し考えた後に冷蔵庫にあった食材を思い出て頭の中で組み合わせる。よしっ、と呟くなり未那は厨房に立った。
パン切り包丁でバケットを適当な大きさにカット。冷蔵庫から新鮮な野菜、チーズやフルーツを取り出してこちらも適当な大きさに切る。パンをカリカリにするため、オーブンに入れて焼き始めた時だった。

「今日の夜食は何だ? シェフ」

聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。急いで声の方に視線を向けると、食堂から顔を覗かせこちらを見ているサーヴァント――未那が契約を結んでいるキャスターのクー・フーリンの姿。クー・フーリンと未那は冬木の地で契約を交わした最初のサーヴァントだ。カルデアへ来てから程なくして主従を越えた関係をも結んだ仲だ。ちなみに未那にはもう一騎契約をしているサーヴァントが居るのだが、その"彼"はマスターのことをほったらかして立香と契約を結んでいるジャンヌ・ダルク・オルタの傍を離れずに居るの為、別の機会に話すとしよう。
しばらくクー・フーリンを眺めていると、チンッとオーブントースターが音を立てた。問いかけには答えず、やけどに気を付けて食器棚から大皿を取り出しパンを載せる。おい、とクー・フーリンは低い声を出したものの、未那はせっせと手を動かし続けた。

「何しに来たの?」
「飲んでたんだが、さっきお開きになってな。部屋に戻る途中、こっちから音がしたんで見に来た」

そういえばマイルームへ戻る直前に、ちょっと飲んでくる、と残して扉の前で別れたんだっけと思う。カルデアでは定期的に酒飲みサーヴァント達がシュミレーションルームを使って宴会を開いており、クー・フーリンはそれに参加していたらしい。そして先程、宴会はお開きとなり、未那と共同で使っているマイルームへ戻る途中に食堂が明るいことに気づき何気なく足を運んだそうだ。

「――で? こんな時間に何作ってンだよ、未那」

改めて尋ねられ、もうちょっと待って、と未那は返す。バケットの上にチーズやオリーブオイル、野菜等を盛り付けて――……完成だ。皿を持ってクー・フーリンのもとへ歩み寄り、はい、と見せる。

「未那様特製、ブルスケッタです」

完成したばかりのブルスケッタを前に、クー・フーリンは軽く口笛を吹く。どうしようもなくお腹が空いていたので作ったのだと添えた。クー・フーリンはブルスケッタに無言で手を伸ばそうとしたが未那はそれに気づき、ちょっと待て、と低い声音で制した。

「そっちに行くから」

厨房から出て食堂のテーブル席へ移動する。ほら座って、と促すとクー・フーリンは席に着いた。未那も対面に腰掛ける。テーブルの真ん中に皿を置くと、さっそくクー・フーリンは出来上がったばかりのブルスケッタを一つ手に取りぱくりと一口。カリカリとしたバケットの食感に新鮮な野菜の旨味が口内いっぱいに広がる。

「――美味い」


ぽつりとこぼした感想に、未那はふっと口元に笑みを浮かべた。上手に出来たようで何よりだ。まだ温かいブルスケッタを一つ手に取り齧る。咀嚼し、舌で味わい、そして――愛しい彼が夢中になって頬張ってくれる姿は格別なスパイスとなり、どんなものにも勝る美味しい料理になっていた。
いつの間にか二人でぺろりと平らげていた。満腹とは言わないまでも、充分に腹ごしらえは出来た。
ふうっと一息つくと、ごちそうさん、とクー・フーリン。

「それにしても、お前さんが料理を作れるとはな」
「まあ、一人暮らし長かったから。それなりには出来るのよ」
「へえ。それじゃあ今度、何か作って貰うかね」
「高くつくわよ?」
「金取ンのかよ!?」

俺はお前のサーヴァントだぞ!? と言うクー・フーリンに、冗談よ冗談、とちょっと視線を逸らす。同時に空笑いする未那にジドッと視線を向け、嘘つけっ、とクー・フーリンは返した。

「まあ、他の人から頼まれたら材料費とか払えって言うけれども」
「ほら見ろ、やっぱり取るんじゃねェか」
「クーから頼まれたなら別、かな」

言葉を続けようとしたクー・フーリンだが、未那の一言にぱちりと目を瞬いた。ほんの少しの沈黙が訪れたが、それを破ったのは頬を赤く染めた未那だった。

「クーからのお願いなら何も取らないってこと。ただ、その、一緒に作ったものを食べてくれるなら、それで良い……から」

クー・フーリンにとっては最高の殺し文句だったかもしれない。だが、もちろん未那は気づいては居ない。突然、クー・フーリンはふき出した。くつくつと喉の奥で笑うクー・フーリンを見て、何がおかしいのかと未那は慌てて問う。しばらく笑い続けたものの、いやなに、とクー・フーリンは大きく息を吸い込んだ。

「俺のマスターがお前で良かったって思っただけだ」

面と向かって言われると、むず痒いものがある。反応に困って咄嗟に唇を窄めると、未那、と名前を呼ばれた。

「これからもよろしく頼むぜ、マスター」
「……こちらこそ、よろしく」

恥ずかしくも嬉しい良くわからない感情がぐるぐると胸の奥で渦を巻く。すぐ近くに居るクー・フーリンに聞こえてしまうのではないかと思うほど、心臓は早く高く鳴っている。ちらっと視線を動かすと、はたと目が合う。逸らそうにも逸らせない強かな瞳に吸い込まれそうになる。ほうっと息を吐くなり、ふわりとクー・フーリンは微笑んだ。


眠くなる前に砂糖を沢山入れてあげる
(それはまるで甘いあまい砂糖菓子を齧ったよう――)


*おまけ@*
クー・フーリン「さて、未那」
未那「な、なに……?」
クー・フーリン「腹ごしらえも済ませし、俺としては今度はしっかりと魔力供給――」
花菜「あれ、未那さんとクー・フーリン?」
立香「こんな時間に何してるんですか、二人とも」
未那「わーわー!! わーっ!!!!」
クー・フーリン「……なんで良いところで現れるかね、お子様達は」
未那「オッス、オラ未那! 花菜達こそこんな時間に何をしてるのかな、オッスオッス!」
花菜「(未那さんが壊れてる)」
立香「(何そのキャラ)寝てたんだけどお腹空いて。食堂に行こうとしたら、廊下で花菜とばったり会って……」
花菜「わたしは本を読んでたらこんな時間に。小腹も空いちゃったので……来る途中、ドクターに通信を入れて食堂の使用許可を貰ったので、夜食づくりに来ました」
未那「(え、使用許可必要だったの? 勝手に作っちゃった)」
立香「ドクターの分の夜食も作ることが厨房使用許可の条件だったけど。ところで……何か食べてました?」
花菜「すごく良い匂いが残ってる……」
クー・フーリン「惜しかったな、二人とも。もうちと早けりゃ、未那の手料理が食べれた」
立香「なん、」
花菜「だと……!?」
未那「手料理と言っても簡単なものよ。数もそんなになかったから……ごめん、食べ終えちゃった」
クー・フーリン「すげー美味かったぜ? 残念だったな〜俺が独り占めしたわ。いやーほんと、二人は残念だったな〜」
未那「(何その芝居がかったやつ)」
立香「――ということは、クー・フーリンには夜食不要と」
クー・フーリン「……は?」
花菜「――未那さんの手料理独り占めだもの、うどん作るけどクー・フーリンには一味唐辛子だけで十分ね」
クー・フーリン「……いやいやいや、どういう流れでそうなるんだよオイッ!?」
未那「あ、私も手伝うからうどん食べたい〜」
クー・フーリン「裏切ったな未那ッ!? おまっ、後で覚悟しとけよ!?」
未那「(え? 聞こえないのポーズ)」
クー・フーリン「(このやろう……)」

*おまけA*
未那「そういえば花菜、冷蔵庫にプリンがあったわよ」
花菜「何ですと!?(うどんを茹でながら)
立香「花菜ー火から目を離さないで」
未那「たぶん明日の分だと思うけれど……こんな夜中にプリン食べたらそれこそ大変だし、自重しときなさいね」
花菜「ぐ、ぐう……! 楽しみは、お昼間に取っておきます……ッ!(血涙)」
立香「そんなにか。そんなに悲しがる程なのか。それよりうどん、そろそろ噴きそうだからちゃんと見て」
クー・フーリン「なんだ嬢ちゃん、好物のプリン食わねぇのか。なら、俺が後で食っといてや」←顔スレスレに何かが通り過ぎる
立香「ガンド打つ暇あったら火止めてよ花菜」
クー・フーリン「(マジかよという顔)」
花菜「クー・フーリンが悪いんですよ……"わたし"のプリンを食べるなんて言うから……ッ!!(2発目準備)」
未那「(た、食べなくてよかった……! 食べてたらやられてたのは私だった……ッ)」
クー・フーリン「おいコラ、マスターだろ助けろ未那!」
未那「ごめん無理(即答)」
花菜「くらえっ、わたしのプリンに対する愛情と恨みッ!!」
クー・フーリン「まだ食ってねーだろ!? 打つなよ、それまじで打つなよ!?」
立香「未那さーん、花菜と交代してくださーい」
未那「はーい」
クー・フーリン「オイッ!!(怒)」

愛子||200223(title=喉元にカッター)