気配を殺し、意識をある一点に集中させる。瞼を閉じてほどなくすると、嫌な"アイツ"の気配はなくなった。恐らくこれから始まる会議に出席する為だろう。
目を開けるなり霊体のままとある部屋の中へ入る。二人部屋だというのに城の中では玉座の間に次いで広く、そのくせあるのはキングサイズのベッドと小さなテーブルだけという何とも質素なものだ。
ベッドの前まで行くと実体化し、大きく息を吐く。眼下に広がる光景に思わず呆れてしまい肩をすくめた。
ベッドの上には8つ目の異聞帯(ロストベルト)を管理しているクリプターである花菜の姿。薄いシーツに身を包めてはいるものの、胸から上は白い肌をさらしている。言わずもがな、シーツの下は一糸まとわぬ状態だろう。見えている肌には所々に紅い華が咲いており、肩に至ってはくっきりと歯形がついている。
履いているブーツの踵をわざと二、三度鳴らしてみるも花菜はぐっすりと眠っているのか起きる気配を見せない。むしろ規則正しい寝息を立て完全に夢の中だ。これは朝まで魔力を"食われて"いたなと察する。少しは手加減をしてやれと思うものの、食っている奴は聞かないだろうし、むしろ何が悪いと開き直りそうだから言っても無駄だろう。
せっかく会いに来たのに面白くない。ベッドの端にぽすんと腰掛ける。何もない天井を仰ぎ足をぶらぶらとさせるもすぐに厭きた。視線を眠っている花菜の方へ動かし、しばらく見つめてみるが、やはり起きる気配はない。
この異聞帯は思ったよりも早くに完成をむかえようとしている。クリプターである花菜と契約を結んでいるサーヴァント――反転したアーサー王ことアーサー・ペンドラゴン、この世界で二人が召喚した円卓の騎士達とともに世界を治め蹂躙していた。反乱分子は時折現れるものの、その悉くを花菜とアーサー達は踏み潰した。この世界の王もこちらに協力的で今は保護下にある。後一箇所を攻め落とせば、8つ目の異聞帯は完成する。その為にアーサーは円卓の騎士達とともに会議を開いていた。
以前に一度だけ会議へ参加したことはあるが、あれはすこぶる詰まらなく、ただ時間を無駄にしているだけだと感じた。アーサー王の剣でありアーサー王を憎む自身――反転した聖剣エクスカリバーは堅苦しいことは苦手な為、会議のある時はひとり城の中を気ままに歩いている。今日は何気なくクリプターである彼女をからかいたい気分だったため、アーサーが花菜から離れたのを見計らい訪ねたのだが……再び息を吐いた。
そっと腕を伸ばし花菜の髪に触れてみると、柔らかな絹のようで、エクスカリバーの指の隙間をするするとこぼれ落ちていく。さらさらと何度か髪を撫でていると、唐突に閉じていたはずの花菜の唇が開いた。

「おかあさん……、」

ぽろぽろと花菜の頬に温かな雫が伝い始める。お母さん、とエクスカリバーも心の中で復唱した。いつもとは違う、まるで子どものように涙を流す花菜を横目にエクスカリバーはただただ髪を撫で続ける。
ふと、以前に偶然聞こえてしまった話を思い出した。数日前、昼食を終えて城の中を散歩していた時のことだ。行くあてもなくただぶらぶらとしていたのだが、その時も今日のように、途中で花菜をからかいに行こうと部屋を訪ねた時だった。閉ざされた扉を叩こうと腕を上げた刹那、中から微かに聞こえてきた花菜と別の誰かの声。別の異聞帯の管理者と話をしているらしいことがわかり、扉を叩くのをやめ、かわりに耳をあてた。

『そっちのブリテンは良いな。なぁ、"家族ゴッコ"は楽しいか?』
「……家族ごっこなんかじゃない」
『まあ、お前がそれで幸せを感じてるのなら良いんじゃないか? せいぜいその"ゴッコ遊び"が末永く続くと良いな』

聞いているだけで苛立ちを覚える男の声だ。部屋の空気は瞬時に変わりピリピリと緊張感を孕む。温厚な花菜が男の言葉に随分と殺気立っていることがわかった。もしこの場に男が居るのであれば、今すぐにでも部屋に押し入り叩き斬ってやるのにとエクスカリバーは思う。

『やーんっ、ベリルさんってば相変わらず花菜ちゃんに対して意地悪ぅ〜! 自分のところが崩壊しそうだからって、嫉みツラミハラミは大人気ないですわ』

カン高い、今度は女の声。この声の主は知っている。何度かこの世界にやって来ては花菜を冷やかし場を乱す女狐――コヤンスカヤの声だ。コヤンスカヤは単身で異聞帯から異聞帯へと移動できる能力を有しており、今は男の世界に居るのか、通信越しに声を響かせている。

『今は野暮用でそちらに顔を出すことが出来ませんが……私からもちょっとしたアドバイスを。今回だけ出血大サービス、タダですから心して聞いてくださいね〜』

コホン、とコヤンスカヤは咳払いを一つ。

『幼い頃に目の前で家族を失った可哀想な花菜ちゃん。あなたが異聞帯で得たのは、ヒトリでずーっと過ごしてきたお姫様が夢見た、たった一つの願い』
「……やめて、」
『この異聞帯で得たのは、白亜の城という大きなお家と、円卓の騎士達という大切な家族。あ、一人おまけがいましたっけ。それらを含めてしても、契約をしているセイバーの彼とはもっと別の"何か"で結ばれたようだけど』
「コヤンスカヤ、それ以上は喋らないで……」
『情を深く注ぎ込むほどに失った後は身を裂かれるよりも酷い苦痛を味わう。けれどもそれは、"私達のような者"からすれば愉快痛快素敵な大舞台、満員御礼の大喜劇。凡人類史が続いていれば、もうアカデミー賞を取ったも当然の大作映画。しっかり"家族ゴッコ"を楽しんでくださいね〜!』

ブツンッと通信を強制的に切ったような鈍い音。同時に、がしゃんっと何かが壊れた。扉から耳を離しノブに手をかけようとしたが遮られた。突然、背後からかかった大きな影はぐいとエクスカリバーの肩を掴み押しのけると、黙って部屋に入った。
パタンと閉じた扉の奥からは、ほどなくして花菜の取り乱す声と、それを諭す――アーサーの声。数秒と経たずに部屋は静かになり、次に聞こえたのは声を殺して泣く花菜と優しく相槌を打つアーサーの慰めの言葉。エクスカリバーはくるりと反転し、扉に背中を預けるようにして立つ。
やっぱりアイツには敵わない、とこの時ほど痛感したことはなかった。人前では鉄仮面のアーサーが表情を変えるのは決まって花菜の前か、名前が出た時だ。反転したアーサーの心を溶かし、穏やかにさせたのは花菜だ。
花菜が異聞帯で求めているもの――願い――は、"家族"だ。"ゴッコ遊び"で片付くような軽いものではない本物の"家族"。
但し、本物の"家族"とはエクスカリバーでも良くはわからないのだが。
頬を伝う涙を拭ってやると、ゆっくりと花菜の瞼が動いた。二、三度瞬きを繰り返した後に大きく瞳が開かれる。しっかりとエクスカリバーの姿を映すと、花菜は慌てて上半身を起こした。

「えっ……ええっ!?」
「おはよぉ、花菜。まずは前を隠したら〜?」

にこりと微笑み指先で自身の胸をとんとんと叩いて教えてやると、花菜は視線を落とし、顔を真っ赤にするなり急いでシーツを手に取り前を隠した。これって朝から役得って言うんでしょ? と冗談交じりに言うと、もうっ! と怒られた。しばらく笑っていると、それで? と真っ赤な顔のまま花菜はエクスカリバーに問う。

「どうして此処に居るの? 何か急ぎの用事でもあったの?」
「べっつに。ただ花菜をからかいに来ただけ」

へらりと答えると片手で額をおさえ、ため息を一つ。そうだろうと思ったと花菜は呟いた。
あのさ、とエクスカリバーは間髪入れずに続ける。

「さっきお母さんって呼んで泣いてたけど、何かオモシロイ夢でも見てたの?」

悲しい夢をわざとオモシロイ夢と呼称し尋ねる。花菜はふいと視線を落としたものの、案の定、真面目に答えてくれた。

「両親が死んだ日のことを、夢に見たの……」
「ふーん。花菜の両親って、いつ死んだの?」
「……小さい時」
「どうやって死んだの?」

これは流石に教えてはくれなかった。別に良いけど、とエクスカリバーは心の中で思う。身を乗り出し、もう一度腕を伸ばすと、エクスカリバーはむぎゅっと花菜の頬をつまんだ。驚く花菜を余所にむぎゅむぎゅぐるぐると頬を抓る。突然の小さな攻撃に、何をするのとつたない言葉で花菜は抗議するもエクスカリバーはやめない。花菜の頬を思う存分楽しむと、ぱっとエクスカリバーは手を離した。どうして抓られたのかわからず頬を撫でる花菜に、次はぺちっとデコピンを一つ。だからどうして……ッ、と体を小さくする花菜の頭を、最後はわしゃわしゃと乱暴に撫でてやった。

「守ってアゲルよ。契約とかそういうものは無しで」
「……えっ?」

つまり、とエクスカリバーは先を紡ぐ。

「ボク、アイツより強いし。花菜を泣かせる全部から守ってアゲルって言ってンの。わかる?」
「それは……えっと、」

起きたばかりだからか、それとも立て続けに悪戯をした所為で上手く頭が回らないのか、花菜は言葉に詰まる。だから、と痺れを切らしたようにエクスカリバーは伝えた。

「"家族"だから。オネエちゃんを守るのは弟の努めでしょぉ?」

ぱちり、と花菜は大きく目を瞬いた。けれどもすぐに、くしゃりと表情は崩れた。止まっていたはずの涙は再び頬を伝い、だが先程と違うことといえば表情は随分と明るい。手の甲で涙を拭うと、花菜ははにかんだ。

「ありがとう、エクスカリバー」

やっと笑顔を見れたとエクスカリバーは思った。ただその顔が見たくて、戦いに明け暮れながらもある何気ない日常を一緒に楽しみたくて、エクスカリバーは花菜を訪ねる、冗談を言う、からかって、笑顔にする、傍に居る――。つられて笑顔になると、次は二人して声を上げて笑った。
ひとしきり笑った後、ぐうっと花菜の腹の虫が元気に鳴った。恥ずかしそうにお腹をさすると、今って何時だっけと呟く。もうお昼すぎてるよ、伝えると、うそっ!? と花菜は驚いた。一緒にご飯食べに行く? と誘えば、こくこくと頷く。
さっそく仕度を、と花菜が動こうとした時、扉が開きある人物がやって来た。

「ようやく起きたか、マスター。それと……何故、貴様が此処に居る?」
「げぇっ。もう会議終わったの〜? 後、どこに居ようがボクの勝手じゃん」

べーっ、と舌を出して反抗すると、ほう? と訪れた人物――アーサーは冷めた瞳でエクスカリバーを見据えた。アーサーとエクスカリバーはどうもソリが合わず、顔をあわせればところ構わず喧嘩ならぬ本気の殺し合いを始める。ベッドの端から降りエクスカリバーは自身の武器を構えた。アーサーも肩をすくめると黒い聖剣を取り出し柄を握る。
ピリッと空気が張り詰めた。

「は――っ、くしゅん!」

と、大きなくしゃみが空気を一変させた。くしゃみをしたのは花菜で、ぶるりと身を震わせる。そんな花菜を見てアーサーとエクスカリバーは一瞬目を合わせたものの、興が冷めたとでも言わんばかりに大きくため息を吐くとそれぞれ武器を仕舞った。

「マスター――否、花菜。すぐに服を着るが良い。そのままでは風邪を引く」
「もし風邪を引いたとしてもボクが温めてあげるね〜」
「貴様は黙っていろ」
「うるさいばーか」

次は剣ではなくまるで子どものように言葉で喧嘩を始めた二人を交互に見やり、花菜は小さくふき出した。まるで兄弟みたいだと口の中で呟く。ヒートアップする口喧嘩に、そこまでー、と割って入った。

「すぐに着替えるから、部屋の外で待っていて。朝食……じゃなかった。三人で昼食を食べよう?」
「ボクのことは気にしなくて良いよ。だからそのまま着替えてよ、花菜」
「花菜、我等のことは今だけは空気と思え。だから、安心してそのまま着替えると良い。目に焼き付けてやろう」
「どうしてそういう時だけ二人は息が合うのかなっ?」

すっと令呪の宿る手を見せ、早く出て行かないとどうなっても知らないぞ、と警告する。アーサーは舌打ちし、エクスカリバーはぶすーっと頬を膨らませると、再び口喧嘩をしつつ部屋から出て行った。
本当に兄弟みたいなんだから、と無意識にこぼすと、部屋の外から、誰が兄弟だ!! と二人の声。そういうところなのだけれども、と返しそうになったがこれ以上、昼食の時間が先延ばしになってしまうのも困る為、何も言わずに花菜は黙々と仕度を始める。
身体は寒さを感じるものの、心はぽかぽかと温かい。この日常が、この世界が、いつまでも続けば良いのに――……願ったと同時に瞬きを一つすると、ぽろりと一滴涙がこぼれる。苦しくはなく、胸の奥底から嬉しさがこみ上げてきた。

こんな日々がいつまでも続けば良いと、花菜だけではなくこの世界に住まう人々の誰しもが願ったはずだった。
しかし、その幸福を望んでは居ない一部の者達と、ついに現れた敵――カルデア――が手を組み、世界を正す為に白亜の城へと踏み入ってきた。敵連合軍の攻撃は凄まじく、迎撃へ出た円卓の騎士達が帰って来ないことを察するに、恐らく討たれてしまったのだろう。
未熟ながらも根付いた空想樹は玉座の真後ろにある。本来守らねばならないのは空想樹であることは、もちろん円卓の騎士達も知っていた。だが皆、空想樹ではないモノを守るために全てを捧げた。
騒音と地響きが玉座の間を揺らす。魔術により姿を隠している空想樹の前で、花菜は祈るように手を組み佇んでいる。アーサーは玉座に座ったまま瞼を閉じていた。
玉座の間へと続く階段は、ガウェインが守りについている。本来ならば敵を早々に殲滅しアーサー達のもとへ戻って来るはずだが――彼を以ってしても敵を止められなかったらしい。軽く背伸びをすると、あーあ、とエクスカリバーは退屈そうに声を上げた。

「待機も飽きたし、ボクもそろそろ出よ〜っと」

誰かの息を呑む気配がし、待って、と呼び止められた。呼び止めたのは祈りを捧げていた花菜で、なぁに? と歩みを止めて陽気に振り返る。

「早くしないと敵が来ちゃうよ。話すなら手短にね」

言葉が見つからないのか花菜はふいと視線を落とす。だが、伝えなくてはと思ったのか涙を堪えて紡いだ。

「行ってらっしゃい、必ず帰って来てね……っ」

――嗚呼、彼女はなんて愚かで、それでいて優しい管理者なのだろう。帰る場所は、守らなければならないというのに。

「パパッと倒して、ササッと帰って来てアゲル。だからまた……三人でプリンを食べようね、花菜」

静かに瞼を開き、アーサーも真っ直ぐにエクスカリバーを見据えた。アーサーに伝える言葉はない。憎くて愛しい彼には、エクスカリバーの心の中を見透かしているはずだ。
踵を返し、重い扉を開いて外へ出るなり、大きく息を吸い込んだ。踵をわざと鳴らし、軽やかにステップを踏むようにして階段を降りる。最後の段差はぴょんとジャンプし、鼻歌交じりに着地すると同時にくるりと一回転。敵の前で膝を付いている傷だらけの騎士にへらりと笑って声をかけた。

「ボロボロじゃん、サー・ガウェイン」
「エクスカリバー……」

一度邂逅したことのある敵――カルデアのマスターこと藤丸立香と花菜と元同じチームメイトだったマシュ・キリエライト。そして、これも運命なのかそれとも偶然なのか、花菜やエクスカリバーの物語に終焉をもたらすに相応しい英霊――本来の世界の悪あがきで召喚された、見知った彼とは違う女性のモードレッドはエクスカリバーを前に構える。以前は奇襲にも近い形で襲撃し、数で圧倒した。それを根に持っているのかモードレッドは眉を顰めていた。

「もう安心して良いよぉ〜ボクが来たし。こいつ等全員、ボクが斬り刻むからさ」

だから、とエクスカリバーは続ける。

「先に、皆と一緒に待っててよ」

ガウェインはふっと表情を緩めた。

「あなたがそんなことを言うだなんて……」
「何かオカシイこと言ったかな〜?」
「いいえ。エクスカリバー――……後は、頼みます」

ガウェインの体は光の粒子に包まれ――そして、消えた。頼みます、だなんて随分と重大な責任を負わされたものだ。ガウェインの霊基は完全に消滅した。きっと花菜とアーサーも感じたことだろう。
感傷に浸っている暇はない。その時間さえも敵は与えてはくれない。自身の得物をしっかりと握ると、玉座の間へと続く階段を背に立つ。剣の切っ先を敵に向けるなりエクスカリバーは微笑んだ。

「ここから先は誰も通さない。通させない。アーサーが、円卓が、花菜がいるこの世界を壊させない」
「――つくづく、テメェとは馬が合わねぇな」

一歩前へ出ると、モードレッドも剣を構えた。以前にも確か同じ事を言っていた気がする。モードレッドの意見はエクスカリバーも同意だった。どの世界であろうとも、やはりこの叛逆の騎士とは決して相容れないとわかっていた。

「テメェ等の覇道も今この時、この瞬間を以って終わりだ。堕ちた聖剣、エクスカリバー」
「終わらないよ。ボクとアーサー、そして花菜がいる限り。絶対にね」
「いいえ、終わらせます」

モードレッドの後ろに居たマシュも盾を構えなおしエクスカリバーと対峙する。

「わたし達の世界の為に、此処であなた達を――花菜さんを討ちます。空想樹を切除しますっ!」
「それが俺達の役目だ。だから――、」
「テメェをぶっ倒して、そんでもってアーサー王といけ好かねークリプターを倒す!」

モードレッドが勢い良く床を蹴り上げたと同時に、エクスカリバーも脱兎の如く前へ飛び出した。瞬間、剣戟はぶつかり合う。一合、二合――激しく打ち合い、重く、高く、響く。マシュの入る隙はなく、立香とともに戦いを見守ることにしたようだ。何合が打ち合い一度互いに距離を取る。手加減なんてものはない、互いに真剣だ。斬るか斬られるか――ただそれだけ。

「マスター、魔力をまわせ!」
「わかった!」

令呪の宿る手を翳し、立香はモードレッドへ魔力を回す。宝具による一撃が来ると察し、エクスカリバーも自身の力を解放する。花菜の魔力を借りずとも勝てる自信はあった。
この一撃で勝敗は決するだろう。

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣!」
「この身を焦がす感情を、おしえてくれる?」

刹那、瞼を閉じると広がるのはこの世界で過ごした日々のこと。アーサーや自身を捨てたはずの世界が、憎くて憎くて大嫌いないはずなのに、不思議とこの異聞帯ではすべてを受け入れ、再び共に居た時間を楽しんでいた。誰のお陰かなんて口にせずともわかっている。皆の心の蟠(わだかま)りを解かし、一つに纏め上げたのは彼女の笑顔なのだから。

すべてが安泰だった。
すべてが幸せだった。
だからこそ――守るのだ。

剣に全魔力を集中させて大きく振り上げる。

「我が麗しき父への叛逆 (クラレント・ブラッドアーサー)!!」
「リターンオブカムランッ!!」

モードレッドが斬り下ろして放った赤雷、エクスカリバーの放った金色の光がぶつかり、押しず押されず鍔せり合う。しかし程なくして――勝敗は着いた。此処まで連戦だったはずなのに、魔力の消耗もしているはずなのに――赤雷の力が増していく。絶えず立香が魔力を回し、それに応えるかのように赤雷は大きく巨大になっていく。目を大きく見開いた瞬間、エクスカリバーは禍々しく眩い赤雷に飲まれ、大きな爆発が起こった。爆風と黒煙がおさまるなり、モードレッドは剣を担ぐようにして鎧の肩にのせた。
黒煙の中から片膝をつき、荒々しく呼吸するエクスカリバーの姿が現れた。肌はひび割れ人のものとは違うことが一目でわかる。宝石が砕けるように、儚く、それでいて脆く、呼吸を繰り返す度にエクスカリバーの肌はぽろぽろと床に落ちては割れていく。

「勝負はついた。そこを退け、エクスカリバー」

ふるふるとエクスカリバーは拒絶する。

「エクスカリバー、その霊基じゃもう戦えない。そこを退いてくれっ」
「お願いします、道を開けてください! わたし達は、そんな姿のあなたと……もう、戦えません……っ」
「うる、さいっ!!」

モードレッドは顔を顰め舌打ちするとゆっくりとエクスカリバーのもとへ歩を進める。エクスカリバーは鋭くモードレッドを睨んだ。

「行かせない。行かせるかっ。今度こそ主を守るッ。憎い憎い主を! ボクを捨てた主を! その主の大事なものを、ボクが守る!! 例え世界が敵になろうとも、今だけは全てから守る盾となる。ボクが、ボクだけは花菜の味方だ。仲間だ、家族だッ。そして――ボクこそが、アーサーの聖剣だ!!」

エクスカリバーの前まで歩み寄り立ち止まった。

「吼えるのもそこまでだ、聖剣。オレ達は前へ進ませてもらう」

モードレッドは剣を両手で握ると大きく振り上げた。
折れるわけにはいかないと力を込めるも、全身が重く動くことすらできない。悔しさに歯噛みしてにらみ続けた刹那――背後から突風が吹き荒れ、モードレッドを吹き飛ばした。マシュは盾を構え急いで立香を庇う。肌に感じた気配に懐かしさと愛しさと憎らしさを感じるも、体が思うように動かないため、風が止むなりすぐ傍に立った人物に視線だけを向けた。

「なんで……来たのさ……」
「マスターと共に決めた結果だ。退くが良い、エクスカリバー」
「ご冗談を……ッ」

現れたのは玉座の間に居たはずのアーサーだった。吹き飛ばされたモードレッドは体勢を立て直したが、驚いた色を浮かべている。マシュと立香も目を瞬かせ、彼がアーサー王なのかと混乱している様子だった。どうやら正史人類史の方ではアーサー王は女性だったらしい。それならばモードレッドが女性の姿をしているのも理解できる。
背後から誰かが階段を降りて来た。足音はエクスカリバーの背後で止まる。背後に立っているのが誰なのかをエクスカリバーはもちろん知っていた。一つだけ想定外だったのは、後ろから強く抱きしめられたことだった。

「……花菜、いたい」

温かなぬくもりに包まれ、一気に力が抜けていく。花菜を一瞥すると必死に泣くのを堪えていた。酷い顔だ、といつもなら茶化すのだが声を出すのも正直辛い。
嗚呼、ここまでかと、不思議と負けた事実を受け止めた。モードレッドに膝を屈してしまったということに関してだけは腹立たしいことだが。

「花菜……ボク、ちょっと疲れちゃった……」
「っ、」
「少しだけ、眠っても……良い……?」

エクスカリバーを抱きしめていた腕の力を緩め、うん、と一呼吸あけてから花菜は頷く。花菜に寄り添い体を預けると、ねえ、とエクスカリバーは言った。

「眠る前に……一つだけ、お願いがあるんだぁ……」

お願い? と優しい声音で花菜は尋ねる。エクスカリバーは気づいていないらしい、自身の霊基が消えかけていることに。

「笑顔、みせて」

急激に眠気が襲ってくる。重い瞼を閉じかけた時、眩い光が見えた。ふわりと微笑む花菜の姿。その笑顔が見たくて、いつも冗談を言って、からかって、たまに悪戯をして――……眠る前にもう一度、見れて良かった。
穏やかな色で瞼を閉じた瞬間――エクスカリバーの霊基は光の粒子と共に消えた。花菜は俯いたが、手の甲でぐいっと目元を拭うとすぐに立ち上がった。エクスカリバーが消える間際、アーサーは一瞥しており、黒い聖剣を握る手には更に力が入る。
アーサーと共に並ぶと、花菜は鋭い眼差しを敵(カルデア)に向けた。

「互いに譲れないものがある。負けられない戦いが、ここにある」
「我等の道はまだ終えてはいない。貴様等を倒し、再びこの地を蹂躙してやろう」
「さあ、戦いを始めましょう――!」

アーサーは黒い聖剣を、花菜は声を翳した。
話し合う必要はない。戦い、そして勝ち、互いの正義を成すだけだ。
モードレッドは剣を、マシュは盾を構える。立香は二人から離れないように、ぐっと拳を握った。
吹くはずもない一陣の風が双方を撫でた時、アーサーとモードレッドは勢い良く飛び、互いに譲れぬ信念を剣に込めて打ち合い始めた――。


揺籠で永遠を探す
(終焉へ砂時計は、早く、静かに、零れ落ちて逝く――)

愛子||190117(title=空想アリア)